Anointingとは「香油を塗る」ということなのですが、起源は古くメソポタミア時代、エジプト時代とさかのぼることができます。
英国王は全て戴冠式の時にこの香油を塗る儀式をするのだそうです。
戴冠式はWestminster Abbey、つまり英国国教会の教会で行われます。
一国の元首が教会で戴冠式をすることは、ごく当たり前のような気がしますが、でも何故だろう?と思いませんか?
現代はそういう考えは厚くはありませんが、宗教と王位というのは密接に関係した事だった時代があり、それが伝統儀式として今でも受け継がれているのです。
詳しく言うと、香油を塗られることで、王が聖なる祭壇に立てるようになる。神に少し近づくことが出来る、と考えられているのだそうです。
香油等に関しては聖書にも沢山言及される個所があります。
出エジプト記の30章22節から25節あたりに、
"Then the Lord said to Moses, "Take the followng fine spices: 500 shekels of liquid myrrh, half as much (that is, 250 shekels) of fragrant cinnamon, 250 shekels of fragrant cane, 500 shekels of Cassia - all according to the sanctuary shekel - and a hin of olive oil. Make these into a sacred anointing oil, a fragrant blend, the work of a perfumer. It will be the sacred anointing oil."
「主はモーゼに言われた。
「上質の香料を取りなさい。すなわち、ミルラの樹脂500シェケル、シナモンをその半量の250シェケル、匂い菖蒲250シェケル、桂皮を聖所のシェケルで500シェケル、オリーブ油1ヒンである。あなたはこれらを材料にして聖なる聖別の油を造る。すなわち、香料師の混ぜ合わせ方にしたがって聖なる聖別の油を作る。」」
その他にも、「サムエル記」や「ルカによる福音書」などにも香油や香料に関する記述が残っていて、聖なる場所に入る時には手足を清め、聖なる場所や掟箱に香油を垂らして邪悪な精から守るように言い伝えられています。
香料などの歴史を勉強していくと、聖書の時代からいかに香料が神聖な場所で使われていたかを知ることが出来ます。古くから宗教ではお香や香油は、お祈りをする場所で神と私たちの交流の目的で使われています。これは洋の東西にかかわらずです。薬草として、と香りによって精神的に落ち着いたり高揚感をもたらしたり、あまり境界線がなかったのかもしれません。もっとも全てこの世にある物は神がつくりたもうたものであるから、それを使用することがすでに神聖なことであったのでしょうね。
エリザベス女王の戴冠式でも、このように神聖な儀式として香油が使われたのです。
The Anointing of Queen Alexandra at the Coronation of Edward VII 1903
The Royal Collection © 2012,
Her Majesty Queen Elizabeth II
RCIN 404466
英国王の戴冠式で使われている香油のレシピというのは、聖書の中に出てくる物とは同じではありません。
香油のブレンドも、英国の歴史の中で変わらざるを得なかったようでした。
現在は英国はプロテスタントの国でしたがもともとはローマカソリックの国でした。
ヘンリー8世の時代(16世紀)から英国はプロテスタントに改宗することになったと言う話は聞いたことがあるかと思います。
カソリックの生まれでプロテスタントの夫を持ったスコットランドのQueen Anneの悲劇も有名です。
香油を使ったAnointingの儀式はもちろんカソリックから伝わったものです。プロテスタントに変わった後も、香油の儀式は残ったのは面白いですね。Anglican churchはプロテスタントですがどちらかというと儀式がカソリックっぽいところがあるのでこういった時代背景を考えるとうなづけます。
ところで、香りの方なのですが材料は最高級ですが必ずしも心地よいものではなかったのだそうです。
エリザベス一世が戴冠式をしたときに、香油があまりにも臭くて「臭いからあっちへ持って行って!」と文句をいったのだそうです。
その後、チャールズ一世が戴冠式をした時からレシピを少し変えたのだそうです。そのブレンドが、エリザベス二世の戴冠式で使われた物にごく近いのだそうです。
チャールズ一世の時はベースオイルが、「oil of Been(Ben)」で使われた 香料は以下のとおり。
ネロリ、バラ、シナモン、ジャスミン、ムスク、龍涎香、霊猫香
華やかな花の香りと、動物から採れるムスクの香りが混ざる高貴な香りなのだそうです。
エリザベス二世の時には、ベースオイルが、セサミオイルを使用し、というのはBeen oilが手に入らないからで、香料の種類は上のブレンドに加えて、ベンゾインとローズマリー・スピリットが入ったのだそうです。
これらの香油はRoyal Apothecary(王室薬剤師)が専門に調合して造ったのだそうです。もとはユグノー時代に英国に伝わってきた人々らしいですね。
香水と薬局方とは昔から深いつながりがあります。Rosemary waterってアロマセラピーの歴史を勉強した方なら、出てきましたよね?ハンガリー女王の使った美容水。
香油は、次の戴冠式にも使えるようにと多めに造っていたのだそうですが、19世紀のVictoria女王の時には何せあの方は今のエリザベス女王よりも長く即位されていたので、改めてレシピを参考に造り直させたのだそうです。それが、Squire and Son companyという当時の香水の会社。
第二次大戦後、この会社は経営が続かなくなり、Savory and Moore Ltd.という会社に吸収され、Anointing oilのレシピも引き継がれることになったのだそうです。
現代版Anointing Oil は、BenzoinがMyrrhにとってかわることになるのだそうです。ミルラも聖書に出てくる精油ですね。
儀式では、香油はアンピュラという入れ物に入れられて、Anointingスプーンで手のひら、胸、額に垂らされるのだそうです。儀式そのものは幕屋の中で厳かに執り行われるので公開されないのだそうですが、そういった場面を描いた絵画が残っています。
ネロりは、幸福感を、バラとジャスミンは花の中の女王、シナモンは香り高い木、地面を這う動物の貴重な香料をつかった最高の香りなのですね。
次の英国王は、Charles かWilliamですよね。
いつのことになるかは、まだわかりませんが、この香油の事を覚えていたら注目しておきたいものです。
参考文献:
"The Fragrance Heaven" by Valerie Worwood
http://www.mimifroufrou.com/scentedsalamander/2012/06/the_story_of_the_royal_anointi_1.html
http://www.oremus.org/liturgy/coronation/cor1953b.html
聖書 新共同訳