前回、小門海峡と小門の夜焚きをご紹介しました。
↓こちら。
小門の夜焚きが有名になったからか、小門海峡沿いには、
かつて「観瀾閣」という料亭も出店していました。
店名は伊藤博文が名付けたもので、
孫文と並んで「民国革命の双璧」と呼ばれた黄興が、
日本亡命中に訪れたこともあったそうです。
そして、小門海峡を見渡すように「報済園」という庭園ができたのは
大正15年(1926年)のことです。
化粧品問屋を営んでいた藤津良蔵が、
病弱な娘・当子のために設けた別荘と庭園で、
後の内閣総理大臣・平沼騏一郎ら
各界の名士が訪れるばかりでなく、
一般市民にも開放していたそうです。
中には、数多くの石碑が建てられているそうなのですが、
今は入ってはいけないそうなので、残念です。
報済園入口の場所は↓こちらです。
そして、その横に「月見稲荷社」という
綺麗な名前の神社があります。
江戸時代の1808年に寄進された鳥居が残っているので、
この辺りが小門の夜焚きで賑わうようになる以前から
ここにあったのだと思いますが……。
社殿は平成10年(1998年)に改築されているのですが、
訪問時の境内は随分と荒れておりました。
場所は↓こちらです。