川北神社の境内、
先日ご紹介した「流芳」の碑の隣にある
「望洋橋」と記された碑です。
明治10年(1877年)、綾羅木川に橋がかけられ、
「流芳」の碑の碑文も手掛けた元長府藩士・水川正亮が
その命名を行うことになりました。
正亮は、この橋を「望洋橋」と名付けました。
月日は流れ、昭和5年(1930年)、橋が架け替えられ、
「望洋橋」の碑が新しく造られました。
その際、古い碑は一旦水川家に返されましたが、
翌昭和6年(1931年)、その碑の裏に
川中村長・下田武一の撰文による碑文が刻まれ、
記念碑として、川北神社境内に建てられることになったということです。
さて、その望洋橋ですが……
現在の橋名は「綾羅木橋」のようです。
一部に「望洋橋」という表現も残っているようですが、
現在の橋名は「綾羅木橋」が正しいものと思われます。
昭和5年に新しく造られた「望洋橋」の碑も、
今はもう残っていないようです。
川北神社にある碑の場所はこちらです。