線状降水帯 | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

MIYUKIです。

 

新型コロナウイルスが発生して以来、次々と新しい言葉を耳にします。

 

クラスター、オーバーシュート、医療崩壊、ソーシャルディスタンス・・・

 

去年あたりから、今まで聞いた事のない「線状降水帯」という言葉も出てきました。専門用語として以前からあるのかもしれませんが、去年も今年もこの線状降水帯による集中豪雨の酷さが、眼を覆いたくなるほどです。

 

九州の熊本を中心とした今回の水害、被災された皆さん、コロナ禍でボランティアが少ない中、苦労されている事に心が痛みます。こころよりお見舞い申し上げます。

 

数十年に一度とか、百年に一度の、という表現がありますが、既に異常気象の今では、この言葉自体がもう意味をなさない感じがします。

 

私の今までの人生の中でも、水害にまつわる経験は数度あります。

 

最初は息子が1歳になろうとしていた時、近くを流れる石狩川の氾濫の危険という事で、息子をおぶって小学校に非難しました。おむつや牛乳をもって・・(この時初めて、男は家庭より職場なのだ、という事を実感しました。)

体育館に雑魚寝状態。この状況に興奮した息子は、寝るどころではありません、眼はぎんぎんぎらぎら、寝かせつけようとしても、突然立ちあがり、ケラケラと笑い歩き回ろうとして大変困りました。

この時は、決壊せずに無事に家に戻る事が出来ました。

 

最近の話しで言うと、去年私の住む岩見沢でもありました。

正しい情報かどうかは定かではありませんが、1時間に100ミリ近く降ったようです。

 

この日、激しい雨で道路にあふれる水に私は気づかずに、テレビ映画に夢中になっていました。

その間、友人から「大丈夫?テレビに洪水のニュースが出ているよ」という電話や、札幌に出かけていた主人から「岩見沢が豪雨でバスが止まっている」という電話。それでも、二階の窓からちらっと下を見ただけの私は、「この辺は大丈夫みたい」(薄暗くて、上からではよく見えない)

と呑気に答えていました。

 

その翌朝。

外に出てみると、向かいのおじさんがなにか大きなものを引きずってこちらに向かって歩いてきます。

よく見るとそれは、我が家の道路の段差を緩和する長いプレートでした。

昨夜の豪雨を全く意識していなかった私は、なにゆえに向かいのおじさんが我が家のプレートを持ち運んでいるのか?と直ぐにはピンときませんでした。

誠にめでたい話です。

 

「え?これどうしたんですか?」

「どうしたって、昨日のあの雨で流されたんでしょ!拾ってきてあげたよ」

 

ああ、なんてこった・・・・

映画に夢中にならずに、集中豪雨という雨の降り方を意識し、しっかりとどの位水が上がってきたのかこの目で見ておくべきだったと、後悔。

我が家の玄関は、数段の階段があるので、そう簡単に水は入っては来なかったのが幸いしました。

 

近くに小さな川はあるのですが、この辺りの浸水は、川ではなくて排水管の問題のようです。

 

改めてハザードマップを見てみたら、川の洪水の可能性はかなり低い地域ですが、排水管の問題までは書いてはいませんでした。

 

これからはちゃんと気をつけます。