MIYUKIです。
アジア大会の水泳、日本は好成績を上げました。連日応援したのですが、特にリレーの応援には力が入りました。
あの絶叫で皆を震かんとさせた岩崎恭子さん、その後どうなったか?・・同じ解説者に北島康介さんがいたせいなのか、はたまた、我を忘れての応援を注意されたのか、実に静かでしたね。内心あの甲高い絶叫を楽しみにしていたのですが・・・アナウンサーの質問に「ハイ!」「ハイ!」としか答えません・・ひょっとしたら、声を出さずに試合に集中していたのかもしれませんね・・・その後二度と聞く事はありませんでした。
さて、前回も書きましたが、北海道水泳連盟の準指導員の資格を取る決心をしたわけですが、ハッキリ言って私たち(一緒に行った人たちを含めて)のような人間が行っていい場所ではありませんでした!
知らないという事は、めでたくも、人を大胆にしてしまうものです。
村内に資格を持った水泳指導員が欲しかったのか、教育委員会の要請もあって挑戦した訳ですが、状況も知らずに応募してしまったわけです。
他の地域から来た人たちは、まさに水泳教室等々で鍛え上げている精鋭、ようするにコーチからお墨付きをもらった人が挑戦してくる場所でした!
付け焼き刃でバタフライを練習してくるようなふとどきもの(笑)は、私たちくらいでした・・・
幸か不幸か、会場となったプールは温水プールでなかったので、その時の水温が異常に低く、実技は最小限にするという決定がなされ、他の人の泳ぎの凄さを見せつけられたのは、後日に引き伸ばされました。
もし、最初の方で皆さんのレベルを見せつけられていたら、間違いなくしっぽを巻いて途中退散していた事でしょう。
蘇生の講義も終わり、そしていよいよ極寒のプールに入ったのです。
強烈な水の冷たさは、脳天にまで突き刺さりましたが、本当に身にも心にも冷たさが突き刺さってきたのは、皆さんの本格的な泳ぎを見た瞬間でした。
「場違い」
という文字が、冷たさで意識が朦朧としそうになる中で、実に元気に飛び跳ねているのです。
グループになって仲良くお昼ご飯を食べてた時に、
「私の泳ぎなんて素人そのものですよ!」 とか
「なんとか泳げるだけです・・」
なんて言っていたのは、いったいなんだったの?
日本人らしい謙遜を真に受ける、単純そのものの私、愚かにも内心これで私も大丈夫、と思ってしまったじゃないの!
私の愚かさを棚に上げて、そういう場所である事を知っているのに、こんなレベルの私たちを送り込んだ教育委員会・・・どうしてくれるんじゃい! という気持ちでした。職員もさすがに不安に思ったのか、色々アドバイスをくれました。
「とにかく、最初のメドレーは勢いで行け。飛び込んで水中メガネが外れようと、胸を強打しようと、恐れないで少しでも前に飛び込み、苦手なバタフライの距離を少しでも短くすること。足を付いたりしないで時間内に最後まで泳ぎ切れば、それで落とされることはまず無い!問題は潜水、真下に潜水してしっかり泳ぐ、一度でも体が浮くようなことがあったらアウト!それと横泳ぎの足のかきかたを言われたとおりに確実にする事!」
全てが終わった後で思いましたが、確かなアドバイスでした。
試験というものから縁遠い環境になって久しく、こんな形の試験を経験するとは思ってもいませんでしたが、自信がないだけに、恐ろしいほどに心臓がばくつきました!
こんなに緊張する事はもう二度とごめん、という心境でした。
頭の中は、あのバタフライ、いや、バタフライというには余りにも本当のバタフライに失礼という私独流のバタフライをどう乗り切るか!で一杯でした。
そんな中で、いよいよ試験が始まりました。
というところで、今日はこの辺にしておきます・・・ではまた続きを。
