ハエ(私の昭和 その6) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

  しのつ公園展望台より

MIYUKIです。

  

日本全土が熱波に包まれているような日々です。

 

涼しさを求めて帰省している娘と孫2人、冷房が無い分、自宅にいるよりもこちらの方が暑つ苦しいという皮肉な結果になっています。

 

とは言え、孫は都会暮らしでは味わえない野性的な(?)生活を満喫しているようです。

 

ふっと自分の子供時代の夏を思い出します。

 

今のように窓に虫よけの網戸というものがなかった時代、開け放った窓や玄関から、「ご自由にお入り・・」と言わんばかりに、色々な虫や昆虫が入り込んだものです。

 

時にはトンボや蝶々までも。

 

しかし、やはり主役はハエです。

 

家の中にハエがいて当たり前の時代。

 

勿論家族のように仲良くとはいえません・・やっかいで嫌われ者なのですが、余りにも日常的に存在する害虫。

殺すのにも体力、技、忍耐が必須・・・やむなく諦め、同居となります。

 

今では、一匹でも入ってこようものなら、殺虫剤でしょうか?とにかく家の中に入ってくることは許されない、そんな時代になりました。

 

 

電気の紐を中心に、同じ方向にブンブンと何匹ものハエが円を描きながら飛んでいる様子をぼや~っと見ていたものです。

 

食事の時も、ハエを片手で追い払いながら食べる、おかずなどにハエがたかっている、なんていうことは当たり前の事でした。

 

各家庭にはハエ叩きは必需品。

 

色々な形状、色がありましたが、殺したハエを摘まめる道具が、柄の中に収納されているハエ叩きを見たときは感激でした。

 

ハエをたたく、と簡単に言いますが、これにはなかなかの技術が必要でした。

 

力任せに叩くと、内蔵物が飛び出し、汚れる。

 

ベストは、ハエが気絶する位の強さと角度がいいのです。

 

ハエ叩きの道具の他に、ハエを取るグッズとしては、殺虫剤が染み込んだリボンなどを釣る下げるという手もありました。

 

極め付きは、ごきぶりホイホイならぬ、ハエホイホイとでも言うのでしょうか、ネバ~っとした黄色いノリが付いたリボンを天井からぶら下げているのが一般的でした。

 

母親が、小さな筒の摘まみをグッと引き出すと、中からズルズルとその粘っこいリボンがらせん状ににゅ~っとばかりに出てきます。

 

今思えば、あんな小さなハエをひっつかせるのに、あんなに強烈な粘りは必要があったのでしょうか?

 

その二次被害ともいえるような被害が必ず起きます。

 

髪の毛です。

 

母親が新しいハエ取りリボンに変えた時に必ず「髪がくっつかないように気をつけなさいよ!」

と注意していたにもかかわらず、必ず被害者が出たものです。

 

死んだハエが沢山ついているリボンに、自分の髪の毛もくっついてしまう!

 

一家に数個、ハエがくっついて死んでいるリボンがぶら下がっている光景、今の子が見たら、なんと思うでしょうか?

 

今、そんなものがぶら下がっていたら、ヅラが引っかかってきたりして!・・・

 

 孫の小さな手にカエル