石炭ストーブ(私の昭和4) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 


MIYUKIです。

前回(私の昭和3)に引き続き石炭ストーブのお話です。

ジュウノウ、デレキ、ロボウキの事を書きましたが、石炭ストーブの重要なものに、「ロストル」があります。

石炭ストーブは、上下二つに大きく分かれていて、上部は石炭を燃やす部屋。

下部は燃えた石炭の灰が落ちて、溜まる部屋。

その2つの部屋を区切っている道具が「ロストル」と言われるもので、丸い分厚い鉄で出来た格子のようなものです。

格子になっているので、下から空気が入り、また燃えた灰が下に落ちます。

つまり石油ストーブとは違い、石炭ストーブは、石炭運びも必要だし、この灰投げも必要だし、またまた煙突掃除も必要な訳です。

学校の教室に設置されていた石炭ストーブは、家庭用の3倍くらいは大きいストーブでした。

つまりロストルもそれなりに大きくて、重くて・・・

灰が綺麗に掃除されているか、ロストルがきちんと設置されているかが、掃除のチェックポイントにもなっていました。

学校には大きな石炭小屋があり、石炭を運ぶのは、当番制でした。

大変な事も沢山ありましたが、石炭ストーブには、今時の学校の集中暖房にはない良さもありました。

寒さの厳しい日は、ストーブに近い子供だけでなく、みんなが暖をとれるように、先生は順番にストーブの周りに子供たちを集めてくれます。

周りに集まって、手をかざして暖めます。

その時に、先生は本を読んで聞かせてくれたりもしました。暖をとりながら、お喋りをするのも楽しみのひとつでした。勿論、教室や体が温まるまでは、授業は中止です。


フリースではなく、みんな手編みの、もこもこセーターでした。

中学生位ともなると、ストーブの上にかざした一人一人の手を無意識に観察していて、

「〇〇君の指は、細くて長くてカッコイイ!」

とか

「〇〇さんの指は、意外と無骨だね」

とか・・・

私の手は・・・と言うと、やけに色が黄色くて、みかんの食べすぎだ、いやカボチャだ~とか言われていました。

ここまで書いていて、思い出した事があります。

忘れもしない、卒業式の予行練習の時です。

前列に座っていた私の所に、突然校長先生が壇上から下りて、真っ直ぐ私の所に向かってきます。

何事だ~~。(;°皿°) なんかヘマをしでかしたか~と思ってドキドキしていたら、

「君、体調でも悪いんじゃないのか! 手がやけに黄色いよ!」

と・・・

周りの友人たちはそれを聞いて、クスクスと笑っていました・・・

折角心配してくれた校長先生に敬意を払い、椅子からよろよろと床に倒れ込む位の演技が出来る度胸があればよかったのでしょうが、そんな勇気も無く、私は、自分の手を恨めしく見つめ続けているだけでした・・・