石炭ストーブ(私の昭和3) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 


MIYUKIです。

我が家が使っているFF式石油ストーブは、どこの家にもある平均的なもの。

石油の価格が不安定な時代になると、化石燃料だけではなく、木のくずを圧縮して作ったペレットを燃料とするストーブや薪ストーブなど、無機質な感じのする石油ストーブと違って、大きな窓から炎がゆらゆらと揺れているのが見える、お洒落なストーブが出回っています。

さて、私の子供の時代は、当然石炭ストーブでした。

私は、あの財政破綻をしてしまった石炭の町「夕張」で育ったので、石炭は当然身近なものでした。


冬が近づくと、どの家も石炭を、〇トンという単位で買っていたはずです。

子供時代の大変な仕事のひとつに、石炭運びがありました。

どの家にも外に石炭小屋というものがあり、そこまでバケツで運ぶのですが、ある時は、家が2階にある住宅だったので、運ぶ仕事がとても疲れたという思い出があります。

ストーブのそばには、石炭を入れておく石炭箱があり、ジュウノウ、デレキという道具が置いてあります。

と、ここまで書いて、改めてジュウノウとデレキという言葉が新鮮で、果たして今でもこの単語が通じるのかと、インターネットで調べたら、ジュウノウは「十能」と書き、デレキは方言かもしれないと言う事が分かりました。

ジュウノウはとても小さいスコップのような形をしたもので、ストーブに石炭を放り込む道具。
デレキは鉄の棒の先っぽが曲がっていて、燃えて固まってくる真っ赤に燃えた石炭を突いて砕くための道具です。

そう言えば、ロボウキというのもありましたが、多分「炉箒」と書くのかもしれません。つまり炉の周りを掃除する小さなホウキの事です。


ボタンひとつで着火する石油ストーブとは違い、石炭ストーブは、火を点けるのにも少々コツのようなものが必要です。
まるめた新聞紙と薪を上手に組み合わせ、上手く石炭に火をつけていきます。

今考えてみても、断熱材などというものが無い時代、さぞかし家の中は冷え切っていたのだろうと、改めて今の暖かい家がありがたい事だと感じます。

布団の中から、

「あったかくなった~?」

丹前を着こんで丸くなって、ストーブを焚きつけている母に声を掛けていたものです。



次回は、学校の大きな大きなだるまストーブの事を書きたいと思います。