嘆きの回転寿司 | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。



 玉泉館跡地公園
MIYUKIです。

題名を見て、どのような結果が導き出されるかは、想像できると思いますが、かなり昔の思い出話です。

子供たちがまだ小学校の低学年辺りの話ですが、「回転寿司」が世に出回り、人気を博していた時の事です。

無性に回転寿司に行きたくなり、出向きましたが、当時はまだそんなに店舗数がなく、いつも混みあっていて、待たされていました。

その日も、食事時間を若干ずらして行ったにも拘らず、混んでいました。

小さい子供たちは待つことも出来ず、というより、私がどうしてもお寿司が食べたくて、「どうしたものか?」と頭をめぐらしていた時、ハッと小さな回転寿司屋さんがあることを思い出し、そこに直行。

正直、そこのお店の外見を見た時に、夫はちょっとたじろいだ様子。

いくらお寿司が食べたいとは言え、ここは・・・という気持ちが身体から滲み出ていることに気づきましたが、私はそれを無視して中に入りました。

中を覗いた瞬間、流石の私も「まずい・・」と感じました。

すかさず夫は私の耳元で

「出よう」

と言うではありませんか。

その気持ちは充分に理解できましたが、おなかを空かした子供たちは既に椅子に腰掛けています。子供たちばかりのせいには出来ません。

私もかなりお腹が空いていて、この際当たって砕けろ、位の心境になっていました。

お寿司の事で、そこまでの覚悟をしなくてもいいのですが、お店の人が、

「あ、すみません、たった今団体客が帰りまして、直ぐに用意しますから!」

とすがるように言うのです。

嘘だと言う事は、雰囲気だけで分かります。

嫌がる夫に、

「ここまできたら、何も食べないで帰る訳にはいかない、ほんの少し食べて出よう」

と、説得しました。

改めて、椅子に座って辺りを見渡して、

「この店は・・つぶれる・・・」

と実感しました。

回転寿司、それは広い空間のお店の中を、長~いベルトコンベアが動き、その上を沢山の種類のお寿司がどんどん流れていて、どれにしようかと迷いながらも、お気に入りの品を選び、しかも値段も今までのお鮨屋さんから比べると安い、人気に火が付くのも当たり前で、今までのお鮨屋さんのイメージを一変する、当時は画期的なものでした。

私の友人の中に、どんなに色々な種類のネタがあっても、サーモンしか選ばないという人がいますが、それも許されるお鮨屋さんです。

しかし、ここは! 

なぜこんな狭い場所で、わざわざ小さな楕円のベルトコンベアーを使ってお寿司を回転させなくてはいけないのか!

全く無意味!

そんなお店でした。

流れていたお皿もまばら・・・

今こそ、自分の食べたいにネタを、流れてくるものとは別に注文するというのが当たり前になっていますが、当時は、流れてくる中から選ばなくてはいけません。

選びようがない・・

お店の人は、慌てて

「今、大急ぎで握りますから!」

必死の形相・・

まるでお通夜の席のように、家族4人が短いベルトコンベアーの前に座っている姿を想像してみて下さい。

まもなくして流れてきたお皿・・・

ホタテ・・・

私の好物・・

取ろうと思ったその瞬間、見事にお鮨がパタンと倒れたのです!

おまけにネタがシャリから離れてひっくり返り、仰向けになった薄っぺらなホタテの、わずかなわさびのグリーンの色が目に飛び込む・・・

それをジ~っと見つめるわたし。




「すみません!やっぱり出ます!」

これはイカン、これはイカン。

この勇気ある決断に、夫もホッとして、家族4人は逃げるように飛び出しました。

その後、この回転寿司屋さんは、定食やさん、ラーメン屋さんなどなど色々な姿に変わって回転ならぬ開店していきましたが、どれも成功することなく、ここ数年は空き店舗状態が続いていました。

場所はそんなに悪い訳ではないのに、呪われた場所なのか、などとくだらない事を考えていましたが、最近、そこを大掛かりな改装をしている事に気づきました。

おお~ついに何か再びやりはじめるのか?いったいなんだろう?

回転寿司のほろ苦い思い出を振り返りながら、その改装作業をチラッと眺めながら、通り過ぎる私でした。