初孫 | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

MIYUKIです。

題名どおり、私たちにも遂に孫ができました !

今まで
「孫は自分の子供よりも可愛いよ」

と、耳にタコが出来るほど聞かされてきましたが、気持ちに余裕がある分、そうなのかもしれません。

出産のその時に、東京にいる婿さんが間に合わないということで、彼の代わりに私がその時を立ち会いました。

私が産む訳でもないというのに、思わず一緒にいきんだので、途中酸素不足に陥りました・・・
( ̄_ ̄ i)


娘は、夜中の1時半くらいに陣痛が始まり、お昼の11時過ぎに無事女児を出産しました。

「里帰り出産」ということで、夏から実家に帰省していましたが、若い妊婦と一緒に生活していて、私たちの時代とは出産のスタイルが色々なところで随分と違いがあるものだと実感しました。

まずはファッション。

私たちの時代は、いかにもという「妊婦服」というものを着ていましたが、最近は、妊婦服は格好が悪いと言って、大き目の服を着て、お腹を見なければ、妊婦とは気づかないスタイルで、出たお腹を隠す風でもない様子。

また、臨月になっても
私と一緒に水泳をしていましたが、私の時代には見られない光景です。

年配のご婦人たちから

「あっら~、凄いね、いつ生まれるの~」

と声を掛けられたり、お腹を撫でられたり・・・


泳ぐ姿は、タツノオトシゴと言ったらいいか、河豚の背泳ぎのような・・・「水の中は体が軽くなって楽だわ~」と、水中の中をカバの様にすいすいと泳いだり、歩いたりしておりました。

今は妊婦と言えども、体重を増やさないように注意を払う時代です。

そのような制限が全くなかった私たちの時代、20キロも体重が増え、あかちゃんにでなく、完璧に自分自身に栄養を与え続けていました
(-。-;)

また、3000グラム越えの新生児は普通でしたが、今では3000を超えると、

「大きいねぇ~」と。

出産間近になると、レントゲンを撮って、自然分娩が可能か帝王切開なのかも事前に決めておくようです。

陣痛が始まると、「モニターを付けます」と言って、胎児の心音と陣痛の強さなどが分かるような機械を取り付けます。

静かな部屋に、胎児の心音のバシュンバシュンバシュンという音と、陣痛を耐え、口から漏れ出てくる、ウ~~・・という声が部屋に充満していきます。かなり、変な雰囲気です。(笑)

「痛いですか?」
「とても痛いです」


という主観的かつ抽象的な看護士との会話も、出てくるデーターがきちんと裏付けしているという感じです。。

私の親の時代は、当然家で産婆さんが取り上げる時代でした。

ドラマでよく見る光景です。

陣痛で苦しむ妊婦を心配して、家族がおろおろする。

お産婆さんは、

「まだまだ・・・」

と言いながら、羊羹を食べお茶を飲み、やおら立ち上がり、

「始めっか!」



私達の時代は、当然既に病院での出産でした。


「痛い!」と言って、産院に駆け込みましたが、

「まだだから、一度帰って下さい」

あっさりと帰され、翌日再び出直すという経験があります。

こんなに痛いのに、何故入院させてくれないの?と心の中で叫んでいたのですが、痛みの数値を見せられて、まだまだですよ、これからが本番で、もっともっと痛くなりますから、と言われたら、取りあえず納得できたかもしれませんね。


確かに色々な機械や検査が増えて、出産の事故が減ったとはいえ、これはいやはり一大事業だと、今回のお産の付き添いをして改めて感じ入りました。

女は凄い、そしてお母さんが強くなるのは当たり前だと・・・

再認識!



娘の慣れぬ手つきに心配そうな、おじいちゃん。