天才? | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

(陶芸雑誌:陶遊 2010年8月126号に掲載)

 KAMIOです。



新しい作品を作ると、形を作った段階で、家族に見せる事が多い。「面白いね」「いいと思うよ」と同意を得て、弾みをつけたいという気持ちがあるからだと思う。しかし時には、妻の否定的な言葉に痛く傷つけられ、逆効果になることもある。

<ひらめき>を家族に話す事もよくある。娘が保育所に行っていた頃だと思うが、「素晴らしいひらめきだ!オレは天才だ!」と、事あるごとに叫んでいたら、ある時、テレビを見ていた娘が、「この人はパパより天才なの?」といきなり尋ねてきた。テレビに映っている人物は、紛れもない天才だった。「パパよりちょっと天才かな」とお茶を濁した。

これはまずい、この子は自分の父親を本当に天才だと信じている。私が天才であることを世間にばらされては、とてもまずい。保育所でみんなに言いふらすことだって考えられる。

 


それからは、天才云々と家族の前で叫ぶことは止めることにした。小声で、自分に言い聞かせるように「オレは・・・・」と、呟くようになったのだから寂しい。

子供達が小学校に行くようになると、再び解禁されたが、残念なことに、その時期にはもう誰も、何の反応も示さなくなった。

現在は妻と二人の生活だが、「素晴らしいひらめきだ、まさに天才だ」と告げても、妻の反応は「そう、良かったね」と、実に淡白。「実際に作品が出来上がってから、喜んだ方がいいんじゃないの」と冷静だ。「他の事がなにも出来なくても一つのことだけ突出しているのだから、そういう意味では確かに・・・・天才的だと言えるわね」と、おまけに皮肉を言われる始末。嗚呼、天才か?天災か?、小さい頃の娘の素直な言葉が懐かしい。

先日、東京での個展の折、久し振りに娘に会ってその話をすると、「全然憶えていない。本当?作り話じゃないの」と、言うではないか。そんな大切な家族の出来事も、自分だけの、セピア色の思い出になってしまうのだから、ナントモカナシイ。