幻化文 (げんかもん) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

(陶芸雑誌:陶遊 2010年5月124号に掲載)

KAMIOです。

陶芸を始めたのは30歳の時。それ以前はというと、大学を出て公立高校の事務職員になったのだが、仕事が面白くなく、1年で辞めてしまった。それから再び東京に出て、4年間ほど今でいうフリーターのような生活をしながら、ひたすら読書に耽り、文学の世界に浸っていた。

その頃はお金が貯まると、長期の貧乏旅行に出ていた。その次期、梅崎春生の小説に強く惹かれる余り、彼の個人全集を読破し、代表作の「幻化」の舞台等を一ヶ月に渡って旅をした。指宿、知覧、坊津、吹上浜、そして熊本へ。

一番印象に残っているのが、坊津である。そこには梅崎春生の碑があり、また小説に出てくる船子屋敷(かこやしき)があった。そこが民宿になっているということを現地の人に聞き、泊まらせてもらおうと訪ねて行った。すると、女主人(倉浜荘の平原姫子さん)が出てきて、「今日は娘が帰ってきていて、やっていないんです」とのことだった。それじゃ仕方がないと思って帰ろうとすると、「あなたは此処へ何しにこられたのですか?」と尋ねられたので、経緯を話する。「梅崎春生も此処に逗留して、小説を書いていたんですよ」と。そういう事情なら泊めてあげるということになった。

小説に出てくるダチュラの花を、庭から一輪折ってきてコップに挿し、「この花は直ぐにしおれてしまうんですよ」と。その優しい心遣いがとても印象に残った。

梅崎春生の話、逗留に来たほかの小説家の話、そして芋焼酎まで振舞ってくれた。平原さんのお陰で、南九州の旅が心に残る忘れ難い旅になった。

陶芸を始めて十数年経った頃だろうか、グラデーションの練上皿を作っていた時、突然「幻化」という言葉が頭に浮かんできて、“幻化文皿”と名付けた。

梅崎春生の世界と、自分の練上の世界との接点を見出したことに、思わず嬉しさがこみ上げてきたのを今でも覚えている。

 
 練上幻化文皿 (43.5×6.8)