ひらめき | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

(陶芸雑誌『陶遊』掲載  2010年123号 3月ねりあげ小宇宙より)

KAMIOです。

 毎年同じギャラリーで個展を行うと、来場者の7~8割は常連のお客さんである。

お客さんの目はいつも厳しい。 どんなに新鮮な作品であっても、二度目となると目が慣れてしまうのか、見方は違ってくる。

 


 毎年来てくれる人でも、マンネリ化の印象を与えてしまうと、いつの間にか顔を見せなくなる。
しかし目新しい作品が一点でもあると、また来ようという気持ちにさせる。

心を惹きつける新たな作品を生み出すためには、天からの啓示のような“ひらめき”が重要な鍵になってくる。

 私は作品を作る上でのスランプを、余り意識した事がない。

自分が思ったような評価を受けないという事は多々あるが、作るものが思い浮かばないとか、何を作ったらいいのか迷うという事がないのは、幸運な事だ。

 


しかし、同じ物を数作る仕事をしている時などは、さすがにひらめきは全く起こらない。

淡々と仕事をこなしているだけで、何も考えていないからだろうか。

 


だが、ひとつ一つ違う作品を作り始めると、また脳は活性化モードに入るのを感じる。自分が想像する以上に、意識を集中し、脳の回路を駆使しているのかもしれない。

日頃の試行錯誤の集積がひらめきの下地を形成している事は確かだ。

しかし実際にひらめく時は、仕事をしている時ではなく、リラックスしている時が殆どである。

 ひらめいた事は、必ずメモしておく。

自分自身が感激するようなひらめきから、些細なアイデアまで、とにかく細かく記録する。

そして時間に余裕が出来た時にもう一度見直し、絞り込み、試作に入る。

実際に使えるのは、最終的にはほんの一握りである。

 


 もの作りは、見に来る人にある種の感動や気持ちの高揚を与える事が仕事だと言える。という事は、新しい作品づくりに、自分自身がワクワクする気持ちが無ければ、到底人の心を動かす事は出来ない。

作り手にとってはおそらく、心を躍らせるようなひらめきの降臨、これが必要不可欠なのだろう。