独学の薦め | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 轆轤(ロクロ)を、入門書を頼りにマスターした私としては、苦労話から始めたい。一番大変だったのが、角皿作り。練込みの問題点は、顔料の分量により粘土の収縮の度合いが違い、歪みやすい。また、切ったり貼ったりの世界なので、キレツが入りやすく、これらをいかに克服するかが鍵になる。


 角皿に取り組むきっかけは、壺作りに行き詰まり、皿ならもう少し楽なのではないかという安易な気持ちだった。しかし、意に反して、歪む割れるの連続。3年経っても雲を掴む状態。5年経って、漸く入口に辿り着いた感じで、作品が少し良くなってきたのは10年ほどしてから。


 失敗の原因はなにか、成形なのか、乾燥・素焼き・本焼きなのか分からない。全てに問題があるようにも感じた。例えば、一度乾燥した作品が、再び水分を吸収してしまう事さえ分かっていなかった。壺など丸いものを作っていた時には、それ程問題も無かったが、角皿の場合、技術の拙さが集約されるような形で表面化してきた。しかし今にして思えば、割と早い時期に難しいものに取り組んだ事が、結果的には良かったのではないかと思う。数々の失敗が、自分を作り上げてきた事は確かだ。


 こんな事を書くと、随分回り道をしたものだと感じられるかもしれない。師匠がいれば10年間の経験も、おそらく短期間で習得出来たのだろう。しかしながら、教えられる事に慣れすぎると、知らぬ間に、大切な何かがスッポリと抜け落ちてしまう恐れがある。失敗の原因を自分で分析し、推論して、試みる。この姿勢を頭の中に構築する事が、想像以上に重要な事なのではないかと思う。


 新しい作品を生み出す、或いは自分のスタイルを確立しようとすれば、どうしても乗り越えなければならない課題が噴出してくる。物作りに近道はない。当然ではあるが、自分で考え試みるという能動性でしか、創造的な脳は形成されないのである。独学を進めたい。


                    陶芸雑誌 「陶遊」(119号2009年11月)に掲載



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