負け犬の遠吠え | One of 泡沫書評ブログ

One of 泡沫書評ブログ

世の中にいったいいくつの書評ブログがあるのでしょうか。
すでに多くの方が書いているにもかかわらず、なぜ書評を続けるのか。
それは、クダラナイ内容でも、自分の言葉で書くことに意味があると思うからです。


負け犬の遠吠え (講談社文庫)/酒井 順子
¥600
Amazon.co.jp

当ブログは最近更新もアクセス数少なく閑古鳥が鳴いている状況であるが、それでも毎日少しだけチラホラとアクセスがある。これは大変にありがたいことだが、その殆どは世捨て人もしくは海外ニート関連のキーワードから流れてくるもののようだ。皆、ああいった先達を惜しんでネットの海をさまよっておられるのであろう。たどり着いた先がこんなところで本当に申し訳ありません。(わたしはただのニート気質が抜けきらないだけの凡サラリーマンです。)

そんなことからふと思ったのだが、最近はそっち系のオピニオンリーダが不在なのかもしれない。かつてのオピニオンリーダであるelm200さんは閾値を完全に突き抜けてしまい、常人の理解の及ぶところから遠く離れてしまった。phaさんなどももはやニートといえないくらい精力的に働いている(?)ようである。ニート界隈の言論壇も数年前とは大きく様変わりしてしまい、今は「日本が合わない人は、積極的に国外を志向しアジアでサバイブしよう!」というような、どちらかというとポジティブな処世術を説くムーブメントが主流という感がある。それ自体は喜ばしいことかもしれないが、やはりわたしなどの元祖草食系()ダメリーマンは一抹の寂しさを禁じえない。自分の目線でしっくりくる救いを説いてくれる人はもういないのであろうか。

本書もそういう意味では、肩透かしの好例かもしれぬ。タイトルに『負け犬の遠吠え』とあるから、これは女性版だめ人間のためのセラピー本かと思いきや、さにあらず。これは都市型の勝ち組女性が、その充足された人生において一点だけアンビバレンツな感情を持たずにはいられない「結婚」とか「出産」とか「子供」といったキーワードを相対化しようとしているだけの本であり、凡人にとってはまったく役に立たない。それどころか、むしろその仮想敵として設定しているセレブリティの生活レベルがあまりに高いために、逆にわたしのような人間は存在すら想定されていないのではないかとムカつきすら覚えるほどだ。

本書は初出が2003年らしいから、まだギリギリ景気がよかったころの話であろう。勝ち組とか負け犬とか言っていられたのは、まだ社会に余裕があった証拠ではないだろうか。恋愛や結婚、出生率、収入などにまつわるあらゆる社会問題は暗澹とするものばかりで、どれも解決の糸口がみつからないという状況だろう。著者が想定している「負け」の重みの違いが非常にこたえる読後感であった。