メディアの支配者 | One of 泡沫書評ブログ

One of 泡沫書評ブログ

世の中にいったいいくつの書評ブログがあるのでしょうか。
すでに多くの方が書いているにもかかわらず、なぜ書評を続けるのか。
それは、クダラナイ内容でも、自分の言葉で書くことに意味があると思うからです。

メディアの支配者〈上〉 (講談社文庫)/中川 一徳
¥780
Amazon.co.jp

メディアの支配者〈下〉 (講談社文庫)/中川 一徳
¥830
Amazon.co.jp


おもしろすぎる。


われわれのような”軽薄”なメディアの消費者は、フジサンケイグループと言えば「8チャンネル」「オールナイトニッポン」そして一連の「ライブドア事件」くらいの認識くらいしかないのではなかろうか。実を言うと、わたしのような田舎者は、そもそも「8チャンネル」とか「ニッポン放送」という意識すら希薄であり、せいぜい「月9」とか「お台場」くらいの認識しかないわけだが、もう少し年が上の世代は、「クーデター」、すなわち、日枝久・現フジ・メディア・ホールディングス会長の起こした「鹿内宏明議長解任事件」を、鮮明に覚えているのかもしれない。


「楽しくなければテレビじゃない!」と、すがすがしいほど「売らんかな」の精神に徹するフジテレビで、まさか17年も前にこのような「社内クーデター」が起きていようとは・・・。今のフジテレビしか意識にないわたしのような消費者にとって、かつてそのトップを「クーデター」という形で「押込」したというのは、衝撃的なほど意外な事実だ。


フジテレビ、産経新聞そしてニッポン放送という巨大なメディア・コングロマリットを、たった一代で作り上げた怪物、鹿内信隆の波乱に満ちた人生、そのあとを継いだ息子春雄の躍進と早すぎる死、養子として鹿内の名を継いだ宏明氏の専横wと日枝氏によるクーデター。決して自ら語られることのない巨大メディアの「社史」だ。これは出色の出来といっていい。おもしろすぎる。(大事なことなので二回度言いました)


本書の秀逸なのはその構成だろう。フジサンケイグループの内情を知らない人間には、せいぜいライブドア事件くらいの興味しかないところに、いきなり箱根の彫刻の森から話をし始める。「?」という読者に、休む間もなく宏明氏のクーデター事件を描き出す。宏明氏が取締役会で解任決議を受けるところなどは、完全に「踊る大捜査線」の世界だ。(要するに「ドラマ」だと言いたいのです。) ここでようやくグループの「原点」である、創始者鹿内信隆の人生とともに歴史をさかのぼる。下巻で明らかにされる彫刻の森の本当の意味、そして、信隆、春雄、宏明と続く鹿内家のグループの占有の歴史・・・。で、ようやく現代に戻ってきて、最後があの「ニッポン放送」事件だ。



著者は13年にも及ぶ長い取材の締めくくりとして、2004年12月下旬に日枝氏にインタビューを行っている。ホリエモンによる、いわゆる「ニッポン放送株取得」は翌2005年2月に行われているわけだから、そのタイムリーさには著者も唖然としただろう。さあ入校だ、これから出版作業に入ろうというところでのこの事件だったわけである。(日枝氏はもっと驚いただろうが)


もしかしたら、このグループの抱える問題をよく知る著者は、”ホリエモン”の登場を予感していたのかもしれない。しかし、すくなくとも本書は3代にわたる鹿内家とフジサンケイグループの歴史を書いた「社史」だ。宏明氏の「降伏」が行われた2004年末をもって「第1部完」、区切りとしては最適だと思うことはあっても、まさか、これほどタイムリーなタイミングで”日枝氏に挑みかかる若者”という構図は予想できなかったに違いない。主君を「押込」した新しい殿様を、ある日名もない足軽が突然その本丸を狙ってきたのだ。しかも、プロローグでも書かれているように、ホリエモンは自ら「鹿内家の継承者」と語っている。旧主の影におびえ、なりふり構わずに防衛に奔走した日枝氏の憤懣を想像すると、これほどよくできたドラマはない。



残念ながら、時間的な制約によると思われるが、本書ではホリエモン事件についてほとんど触れられていない。(単行本の初出は2005年6月。) 著者は「第2部」を準備しているということだから、楽しみに待つとしよう。