六韜 | One of 泡沫書評ブログ

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六韜 (中公文庫)
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「りくとう」と読む。六韜の「韜」とは、弓や剣を入れるための袋のことで、六韜は文韜・武韜・竜韜・虎韜・豹韜・犬韜からなる古代中国の兵法書である。殷の紂王(ちゅうおう)を滅ぼしたとされる武王とその父文王が、釣りで有名な太公望呂尚(たいこうぼう りょしょう)に質問しそれに太公望が答えるという対話形式で成り立っている。こうした問答形式が初学者にとって有効なのはすでに以前のエントリで述べたとおりだ。太公望自身が著したとされているが、専門家によるとそれは誤りで、もっと後の時代に太公望に仮託して成立したものだという説が有力だそうである。記述内容から、だいたい始皇帝の秦か、項羽と劉邦の漢くらいに書かれたものであろうと言われている。


わたしは不勉強でよく知らなかったが、本書は兵法家にとっては「武経七書」(孫子・呉子・司馬法・尉繚子(うつりょうし)・六韜・三略・李衛公門対(りえいこうもんたい))のひとつとして、非常に有名だそうだ。そんなことを言われても、「孫子」は有名だがそれ以外は知らない人がほとんどではないだろうか(わたしもそうである)。ところが、攻略本などを一般に「虎の巻」と言ったりするが、その出典は本書の「虎韜」であるとされ、意外に身近な存在であったりする。


内容は結構刺激的で、とくに謀(はかりごと)については具体的な描写が面白すぎる。

たとえば、文王の「武力を行使しないで敵を征服するにはどうしたらよいであろうか」との問いに対する回答が素晴らしい。(注:引用者の意訳です)


1.敵国の望むままに従い争わないようにせよ。そうすれば相手は必ず驕慢になり、きっと国内に不祥事が起こる。

2.寵臣(ちょうしん)に近づいて寵臣と君主の権力を二分させ、派閥を作り出せ。

3.ひそかに近臣に賄賂(わいろ)を贈り、買収せよ。

4.君主の淫乱な楽しみを助長させ、宝物を贈り美人を贈り、いいなりになって調子を合せておけ。そうすれば自ら破滅を招くようになる。

5.相手の忠臣を厚遇し、君主への贈り物はみすぼらしくせよ。そうすれば君主は忠臣に疑心を抱くようになる。また使者が来たらなるべく長く留めおき、言い分は聞き入れないようにして代わりの使者を派遣させよ。そうして次に来た使者に対しては誠意をもって対し、親しくせよ。その結果、君主は新使者のほうを信用し、前の使者は不満を持つようになるだろう。これを抜かりなく行えば相手国を出しぬける。

6.在外官吏と中央の内臣との間を離間させよ。

7.君主には賄賂を贈り、寵臣には取り入り、ひそかに買収し、それぞれの本業をおろそかにさせるように仕向けよ。

8.相手国の寵臣への贈り物は豪華にし、よくよく相談せよ。その内容は相手国の利益になるものにせよ。そうすれば相手はかならずこちらを信用する。これを重親(ちょうしん)というが、こうすれば相手国の寵臣はこちらに情を通じてくれるようになる。

(以下、こうしたものが12まで続く)


いかがだろうか。いくつか重複するものもあるが、2,000年の昔に、すでにこんな方法が戦略として語られていたというのだから、やはり中国、シナはすごい歴史を持っているものだ。日本など同時代ではまだ未開のシャーマン時代だ。斬るか斬られるかの時代にあって、戦争ばかり続けざるを得ない情勢にあってはこうした徹底したリアリズムが自然と生まれてくるのであろう。現代のビジネスにも通ずると紹介されているところもあるが、こんなことを現代のビジネスシーンに援用すれば、何かの法に触れそうである。


こうした面だけでなく、もちろん人倫の道を説く「王道」も満載である。こうしたものは「儒教」の元になっているのであろうか? 専門的なことはよくわからないので恐縮だが、解説のほうをご覧いただきたい。


前半は現代語訳、後半に書き下し文があり大変読みやすい構成。訳も自然で違和感がない。非常によい訳である。


解説でも触れられているように、合わせて「三略」も読まれたいとされており、わたしはまだ未読ですが、興味があればぜひ。


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