facebookで見つけた。素晴らしい文言。常日頃私が感じていた事が文章化されてました。シェアしたいと思います。
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「それはあなたの感想ですよね?」言う人は、なんらかのエビデンス=データが示すものを根拠にそう言います。しかしその言い方には、2つの誤謬が含まれています。1つはデータは絶対という誤解です。
少し勉強すれば即座にわかることですが、データとは、そのとりかたによっていかようにでも変化します。調査したいことをどの角度から、どのていどの深さまで掘り下げて質問するのかによって変化します。また、調査対象を変えると結果も変わってきます。
人為的に少しいじれば結果が変わるものを、あたかも絶対であるかのように楯として相手を言い負かそうとする、その知性それ自体がすでに誤謬です。
2つ目の誤謬
2つ目は、科学は絶対であると考える誤謬です。
たとえば、空はなぜ青いのかという問い。AIによると「太陽光が空気中の粒子に散乱されるためです。特に、波長の短い青い光が散乱されやすく、空全体に広がって見えます。」とのことです。では、なぜ短波である青い光は拡散されやすいのでしょうか。
この問いに対してAIは「波長が短い光の方が、粒子との相互作用が強くなるため」と答えます。ではなぜ、波長が短い光の方が、粒子との相互作用が強くなるのでしょうか?
などと、何回も「なぜ」を繰り返すと、最終的には、なぜかはわからないが神がそうしたから、としか言えない地点に達します。
わたしの友人の優れた科学者は、そのへんのことを熟知しているので、あるていど研究が進むと、そこから先は「神のすごさをしかとかみしめる」と言います。
ロックとジェファソン
つまり、どのようなデータも、究極まで突き詰めると、「なぜかはよくわからないが」とりあえず目の前にそういったデータが出揃った、としか言えません。
しかし、現代のわたしたちは、首までどっぷり科学に浸かっていることに無自覚なので、わからないという答えを感覚的に嫌がります。また、「わからない」では社会がうまく機能しないので、わかるところで思考を止めて、あたかもそれが最終的な答えであるかのようにふるまいます。それは社会をあるていど健全にまわすために必要な態度ではありますが、それがゆきすぎると「それはあなたの感想ですよね?」となります。
「それはあなたの感想ですよね」をどう切り返す?
ああすればこうなる、すなわち科学の世界を超えた世界があります。あります、というか、じつはそれがこの世に前提されています。
たとえば、ジェファソンはアメリカ独立宣言を起草するにあたり、人間は創造主によってつくられたことを堂々と前提としました。ようするに、わたしたちのもつ基本的な権利は神によって個々人に与えられており、政府はそれを保護する役割を担うものだ、と考えました。その背景には、ジョン・ロックの哲学があります。
さて、「それはあなたの感想ですよね?」と言ってくる人に対して、どのように反論するのがベターか。「それはあなたの感想ですよね? というのも、あなたの感想ですよね」しかないようにわたしは思います。
わたしたちは、自分が納得した地点で因果関係を追究(追及)することを放棄します。しかし、あなたが放棄したところで、世の中には不思議なことがたくさんあります。それがなぜなのかをギリギリまで知ろうとすること、それが哲学することです。(ひとみしょう/作家・哲学者)
※参考 『プラグマティズムの思想』魚津郁夫(筑摩書房)2006
ひとみしょう
哲学者・作家・心理カウンセラー