魔法瓶に熱いお茶を入れ、分厚いブランケットを小脇に抱えて、
今日もあの木に会いに行く。
「こんにちは」と挨拶をして、根元を枕に仰向けに寝ころべば、
そこは満天の桜の空。
幾重もの薄紅色の枝のすきまから、やわらかな陽がこぼれてくる。
楽しそうに花芯をついばむ鳥たち。
花の間を踊るように飛ぶ虫たち。
見事に開いた花を祝って、みんなで宴をしているみたい。
ほんのりと甘い香りに包まれて、うとうととまどろむ昼下がり。
気がつけば夕陽が花びらを紅く染め、
間もなくしんとした夜がやってくる。
月の光にうっすらと映し出された姿を眺めていると、
どこまでも続く桜の宇宙にまぎれこんでしまったようで、
時のたつのも忘れてしまう。
わたしはこの木と一緒に季節を感じている。
花びらが風に舞い、若葉が顔を出し、
青々とした躍動的な時を過ごし、
やがてはらりはらりと赤茶色の葉を散らす。
寒風に揺れる枝を見ながら、この中でせっせと新しい芽を
育んでいるんだなあと、内側の様子を想像したり。
だから、ぷくっぷくっと枝の先がふくらみだすと、
もう毎日が落ち着かない。
どんな花を咲かせるのだろう、今年もあの枝先から咲くかしら、
と、どきどきしてしまうのだ。
やっと咲いた花だから、少しでもそばにいたくて、
できるだけ感じたくて、わたしは木の下にもぐりこむ。
こうしているとすっぽりと桜に抱かれて、
桜とひとつになったような気持ちになるから。
さあてそろそろ帰ろうかと立ちあがり、
「ありがとう。またね」と手を振ると、
さわさわっと一斉に花が揺れた。
「またいらっしゃい」と手を振り返してくれたかのように。
『ねもとまどかの和みの十二ヵ月』より
イラスト:いわしままさきさん
みんながいつも幸せでありますように。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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