FRATELLI 第1章ー3
第1章ー3
(尋弥)
次にゆうさんに会ったのは、翌月の月初め。
いつものように【FEBR】の編集室に出かけた時だ。
S出版社は、銀座に新しく建ったばかりの洒落たビルに引っ越したばかりだ。
白い艶消しのガラスをふんだんに利用しているから、白を基調とした内装に柔らかな光が反射して、優しい光で満ちている。
ロビーを行き交う人たちも、自信と気品に胸を張っているようにみえた。
そんな中、髪をだらりと下げ、俯いて早足に歩いている後ろ姿は、俺の視線をすぐに抜いた。
ゆうさんだ。
ロビーの真ん中に堂々と流れるエスカレーターを通り過ぎ、その奥の3基あるエレベーターも素通り。
一体、どこへ行くんだよ。
気になって背中を追いかけると、ロビーの一番奥、階段室と書かれた白い扉にスーッと消えていった。
確かに。
階段なら、そうそう人と会う事もない。
S出版社はこのビルの2階から4階までを占領している。
【FEBR】の編集室は4階にある。
迷わずエレベーターを選択した俺は、ゆうさんよりも早く風間さんの元へとたどり着いていた。
「もうすぐ、ゆうさん来ますよ」
「あれ?会ったのか?」
「いえ、階段室って扉に入ってくゆうさんの後姿を見かけたんです」
「おお、そうか」
風間さんは、相変わらず、どうってことない顔してそう言った。
数分して、ゆうさんが到着した。
おどおどとガラスの扉を押して入ってくる。
スタッフの人たちが挨拶の声を掛けても、決して視線を上げないし、表情を崩す事もない。
「おう、お疲れ。変わりはないか?」
ゆうさんは、バッグの中から取り出した茶封筒を、スウッと差し出した。
「サンキュ。ゆうさ、この後、別に何もないだろ?1時間くらい待てる?また別件があってお願いしたいんだよ」
「・・・別件・・・」
ゆうさんの空気のような声を初めて聞いた。
「そう、うちのマタニティ向けの雑誌で、特集記事の絵入れをお願いしたいってさ。単発だからいいだろ?」
ゆうさんはコクリと頷いた。
「今からちょっと会議だから、その間応接で待ってて。尋弥は対談、いつもの取材室な」
風間さんは俺のコラム担当の朝倉さんを呼んで、応接と取材室の用意を依頼した。
応接と言っても、編集部の隅に低いパーテーションで区切られただけの狭いスペースだ。
質素な2人がけのソファがローテーブルをはさんで向かい合わせに置かれている。
朝倉さんは、ゆうさんをそこに導いて、そして俺の名前を呼んだ。
「尋弥さん、そろそろ行きましょうか」
対談が終わり取材室を出ると、ちょうど会議から戻ってきた風間さんと会った。
「もう昼だな。尋弥、忙しいか?ランチでもどう?」
「オゴリッすか?」
「なんだよ、お前の方が稼いでるだろうが」
そう言いながらも、どうやら奢ってくれる流れのようだ。
風間さんは自分のデスクに資料をドサッと置くと、パーテーションの向こうで待っているゆうさんに声を掛けた。
俺もパーテーションの上からそっと覗く。
1時間も何をして待ってたんだろ。
ローテーブルの上に数冊の単行本が載っていた。
表紙の絵を見ただけで分かる。
俺の大好きな作家の、大好きなシリーズもの。
スピード感と意外な展開で、毎回楽しませてもらってる。
「ゆう、お待たせ。今からランチ行くぞ」
ゆうさんは、え?っと小さく呟くと、首を横に振った。
「たまには付き合えよ。ほら、行くぞ」
風間さんはゆうさんの腕を強引に掴むと、ソファから引きずり立たせ、ぐいぐいと引っ張るように連れ出した。
