今も昔も・・・うなぎパイ | ねこじゃらし・Kの懐かし処

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遠州浜松発、懐かし探しの近場のお散歩
ヤフブロ時代の過去記事

静岡県浜松市

ここ浜松のお土産といったら、春華堂の夜のお菓子「うなぎパイ」
全国的にも有名だと。

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創業明治20年のお菓子屋さん「春華堂」。その後和菓子屋さんから洋菓子へ進出。
そして大ヒット商品うなぎパイへ。

昭和36年に作られたうなぎパイは、発売当初はパッケージが海をイメージした
色だったそうで、思うように売り上げが伸びなかったそうです。
その後、まむしドリンクの様なイメージの色、赤・黄・黒のカラーを使ったパッケー
ジに変えたところ、それが見事に当たり、売り上げが伸びていったそうです。

うなぎパイの製法は、昔から職人さんの手作りで、隠し味はガーリックの粉末だそうで、
決め手は、職人さんの中でも一握りの人しか知らない秘伝のタレを最後に塗ると云う事です。

平成17年うなぎパイの工場を浜松市西区大久保町の工場団地に移して、ここで工場見学
「うなぎパイ ファクトリーツアー」が始まりました。
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青い空まむしドリンクカラーが映えます。

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見学は無料、まずアンケートに答えて受付を済ませれば、早速お土産が頂けます。
以前はナッツ入りうなぎパイ(小)3枚でしたが、その後しばらくナッツ入り(小)とうなぎパイ
ストラップ頂けました。最近またナッツ入り(小)3枚に変わってしまいましたが・・・。

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工場内の匂い、堪りません。焼きたてのうなぎパイがどんどん出来上がってきます。

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「夜のお菓子」謂れ・・・

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この光景が「夜のお菓子」の謂れでだそうです。
高度成長期、一家全員の団らんは夜しか無かった為、夜に皆で楽しむ為として考えだされた
ネーミングが「夜のお菓子」だったそうです。

・・・と素直に理解しましたが・・・何せまむしドリンク色ですから・・・。
まっ、そこは浜松っ子ご愛嬌です。

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最初はこんな形も考え出されたとか・・・。右のツチノコみたい・・・。

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巨大うなぎパイで撮影・・・記念にどうぞ。

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中にカフェもありまして、創作うなぎパイスイーツ頂けます。
「うなぎパイミルフィーユ?」季節で替わります。

ここは何度も来てますが、この前初めて気付きました。
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何か解りますか?

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うなぎの形した手すりです。可愛いです・・・ほしいです。

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これが、ここしかない?噂の「うなぎパイお特用袋」です。
割れてますが、130g¥430とお得で味は同じです。
出るとすぐに無くなってしまいます。

で、話の最後ですが、これを元にレトロの本題に移ります。

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浜松市西区神田町 本社工場
ここが、うなぎパイとの原点です。
工場移る前までは、ここで何年もうなぎパイ作られてました。
私の小学校の頃の学区内で、自分家からはだいぶ離れてましたが、
この近辺には友達も多く遊び場でした。うん十年も前の話ですが。

そして一度だけ?友達に連れられてうなぎパイ工場へ。
小銭持って。
そうなんです、ここでクズを売ってもらうんです。
その頃は平屋のちょっとしたお店が付いた工場でして、何とか子供だけでも入れました。
勇気がいりましたが・・・。
工場のおばちゃんが、奥のほうから新聞紙だったかビニール袋だったか忘れましたが、
食べきれないほど入ってるの小銭で売ってくれました。
これが、うなぎパイとの思い出です。

それからすぐにビニール袋入れになってクズが売り出され、私のお小遣いでは手に入らな
くなってしまい、ものすごくガッカリしたのよく覚えています。
最終形がこの「うなぎパイお特用袋」です。

つまらない話ですがもう一つ。
うなぎパイの袋、昔は両隅は白くなって無かった気がします。
袋の長さはたぶん昔と同じだった様に思いますが、うなぎパイは袋いっぱいまでの長さ
だったように記憶してます。
で、今のは白い部分空いてます。要するに昔よりだいぶ細くなって短くなってます。
両隅の白い部分、デザイン的なのかどうかは解りませんが、昔と違う・・・それは仕方あ
りませんが、子供の時は一枚で十分だったかと・・・。確かに何時からか変わっています。
ただ、昔よりずいぶん美味しくなってるように思いますが。
子供の頃に一枚で十分だったのに、今ではお徳用一袋食べても物足りないですから。

うなぎパイ工場
作業は撮影禁止でしたけど、ここまでは何とか良いかと。