ウルタールの路地裏から。 -68ページ目

みょん×ソード ep.Ⅳ 舞うは機妖跋扈⑤

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 妹紅と慧音が去った後、竹林に残された二人。
 倒れた状態から身を起こしたままの妖夢。
 その正面に立つ橙。
 2人は無言で見つめ合っていた。
 妖夢の方はどちらかといえば、ぼんやり眺めているといった方がいいような様子ではあったが。
 続く静寂。
 時折竹が風に揺れ、がさがさと音を立てる以外は、何の音もしなかった。
 場を支配する沈黙。
 それを破ったのは橙だった。
「私……決めました」
 橙が口を開く。
「もう一度、藍さまに会ってみます。今度は……ううん、今度こそ分かってもらえるように、落ち着いてちゃんと話し合ってみます」
「そう、ですか……橙はえらいですね、あんなことがあったのに」
 力無く言葉を紡ぐ妖夢。
「私はもう……」
 橙はそんな彼女の様子に今もひどく胸を痛めていた。
 弾幕勝負でない、正真正銘の真剣勝負。
 そこで刻みつけられた死をも伴いかねない敗北は妖夢を根底から打ち砕いていた。今までは空元気を保っていられたが、妹紅に徹底的に打ちのめされた妖夢はその体面さえも保つことができなくなっていた。
 そう。
 妖夢は今、白玉楼の庭師でも、二刀を操る手練の剣士でもない。
 剥き身のままの、生身の少女の姿をさらしていた。
 だからこそ、かもしれない。
 橙がこのような行動に出たのは。
 気づけば橙は妖夢に抱きついていた。
「……!」
 妖夢の顔に驚きが走る。
「………」
 しかし、橙は構わずに力の限り妖夢を抱きしめる。藍や、慧音がそうしてくれたみたいに。
 彼女の頭をよぎるのは、龍の幻影に襲われたあの日。橙にとって憧れだった、強さの象徴だった妖夢が倒れた日。
 あのときにどうして気づかなかったのだろう。彼女もまた、か弱い少女だと言うことに。
 彼女は華奢な身体と心を、刀とヨロイで武装し、多くの敵に立ち向かってきたのだ。
 あの日、橙をマシンから守ったのは、今まで護ってきたのは、このか弱い少女だったのだ。
 だからこそ、橙は最大の感謝を込めて、言う。
「妖夢さん……今まで、ありがとうございました」
 2人の旅はあまり長いものではなかった。しかし、橙にとっては大きな、とても大きなものとなっていた。
「本当に、本当に……ありがとう、ございました」
 涙ぐみ、声を震わせながら言う。
「私、行きます」 
 抱擁を解き、橙は立ち上がる。
 涙を拭って、妖夢に背を向け、何歩か歩いてから、一度立ち止まる。
 そして、叫ぶ。
「信じてます! 妖夢さんは必ず立ってくれるって! だから、少しだけ、先に行ってます!」
 走り出す橙。
 遠ざかる駆け足の音。
 竹林にとうとう一人残された妖夢は、呆然としたまま、その音を聞いていた。
 無意識に、胸に手を当てる。
 そこに残るのは、橙の身体の柔らかさと暖かさの感覚。
「暖かいな……」
 妖夢は目を閉じ、呟く。
 その頬を柔らかな夜風がなでた。


 ちりん


 静寂の中、リングの金属音が鳴り響く。




 地を揺るがし、鳴り響く轟音。
 その方向に目を向けた橙は驚愕した。
 空から飛来し、地面に突き刺さる複数の巨大な武器。
 そして、
『『『『ウェイクアップ』』』』
 一斉に人型に変形するマシンの姿に。
 あれはまるで……。
「〈ダン〉……!?」
 橙にはそうとしか見えなかった。
 しかしそれもそのはず、妖夢の用いていたヨロイ、〈ダン・オブ・サーズディ〉もまた、今さっき飛来したものと同種。所有者の武器が発する高周波に応じて至る所に現れる7つの強力なヨロイ、『オリジナルセブン』のヨロイの一つなのである。
 しかし、それ以上に彼女を驚かせるものがあった。
 それは金のヨロイから発せられた声。
「藍さま!?」
 聞き間違えようがない。
 複数の声に隠れていたが、それはまさしく主の声だった。
「……!」
 一瞬動揺したものの、橙はすぐに気を取り直してヨロイの方向へ走り出す。
 今は少しでも、主に近づくのみ。
 しかし、それを影が遮った。
 がっしりとした大柄な男と、長身痩躯の男。
 二人とも、頭部に『罪』と書かれた布袋を被っている。
 橙は彼らに見覚えがあった。
「罪袋……!」
 主の主、八雲紫の私兵として動くものたち。人間か式神か、橙もその正体は知らないが、一つだけ確かなことがある。
 彼らは人間離れした屈強さを持ち、紫のためならどんな危険をもいとわないということだ。
 二人とも軽く身を前傾させ、腕を前に出して構える。
 橙を捕らえるつもりらしい。
(……いつもなら、逃げるところ。でも……)
 橙は身を屈め身構える。
(妖夢さんに言ったんだもん、先に行くって! だから、逃げない!)
 橙は歯を食いしばり、走り出す。
 捕らえようと迫る罪袋たちを突破し、主の元へ行くために。
 



「ン……?」 
 妖夢は、リングの音に僅かながらの驚きを感じていた。
 久しく聞いていなかったように感じたためだ。
 恐らくは鳴っていたのだろうが…まったく気づかなかった。そして、自分がそれほどまでに思い悩んでいたことを思い知らされていた。
 風が吹き、再びちりんと音が鳴る。
「いい音色……」
 目を閉じる。
 それからしばらくの間、妖夢は残った橙の温もりを、頬をなでる風を、リングの音を、ただぼんやりと感じていた。
 そこには何ともいえない心地よさがあった。ずっと感じていたいような、心地よさが。
「……そっか」
 そして、呟く。
「御爺様や妹紅さんの言っていたことって、こういうことだったんだ」
 妖夢はゆっくりと目を開いた。
「確かに、悩んでたら気づかないな」
 止まっていた心が動き出す。
 どうして忘れていたんだろう。
 この心地よさを。
 暖かく優しい心地よさ、好きなものに触れているときに感じる気持ちを。
 ただ強さを追い求めるあまり、見失っていた。
 そして、その強さを失って初めて、取り戻したのだ。
(今なら分かる。使命にとらわれず、自分に正直な、自分だけの剣の道が)
 強さを求める意味。
 それは──
「──ッ!ははは……なんだ、やっぱり私は馬鹿だったんじゃない。結局こうなんだから。ここまで来て、やっと気づくなんて……大馬鹿だ」
 心をよぎった答えに、妖夢は思わず笑い声をもらしていた。我ながらなんと単純な答えを出したのだろうか。
 そうだ。
 この気持ちを、心地よさを感じるもの、自分の大好きなものの暖かさをなんとしても護ること。
 それが見いだした答えだ。
 大きな掌で頭を撫でてくれた祖父との思い出を。
 自分に「ありがとう」と言ってくれた、橙の想いを。
 そして……白玉楼の庭で自分の膝に頭を預けて眠りこけていた、主の信頼を。
 それらを全て護りぬく。
 使命だからではない、自分の意志で。
 強さは目的でなく、それを貫くための手段にすぎない。
 それが私の剣の道だ、誰に言われたのでもない、自分だけの。
 今はそれでいい。
 心底慕っているからこそ、自分はその人のために、誇りを持って戦える。
 それで十分だ。
「幽々子様!」
 立ち上がり、妖夢は叫ぶ。
 左手に楼観剣を持ち替え、右手の指をリングに通して、左に引っ張る。
「やはり私は未熟者です、公私を分けることなど出来そうにありません!」
 燐光をまとう楼観剣。それを天にかざして──振り下ろす。
「ですが……だからこそ、私は戦います! 本当に大切な人を護るために!」
 身体を屈め、全身ごと振り上げる。
 
 軌跡が描くは『V』の一文字。


 遙か彼方で、機械が駆動する。 
 7つのヨロイの、最後の一つが。
 〈ダン〉──『神は裁き』の意味を持つ、正真正銘の破邪の剣が。




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