みょん×ソード ep.Ⅳ 舞うは機妖跋扈④
「とうっ!」
炎をまとった飛び蹴りが妖夢を吹き飛ばし、その身を地面に打ちつける。
「く…ううっ…!」
呻きながらも立ち上がる妖夢。
その視線の先では、炎の翼で羽ばたく妹紅がゆっくりと地面に舞い降りていた。
「どうしたどうした! 輝夜にそそのかされて来たときより、弱くなったんじゃないのか?」
全身に炎をまとい、威勢良く叫ぶ妹紅。
「何……を!」
妖夢は長刀を脇に構え、疾走。
あっと言う間に距離を詰め、胴狙いの一撃。
しかしその一撃は空を切る。
「遅いよ!」
妹紅は跳躍で斬撃と妖夢の頭上を越えて、その背後を取っていた。掌から放たれた炎弾が妖夢の背中に直撃する。
もんどりうってうつ伏せに倒れる妖夢。
何とか身を起こそうとするも、仰向けになったところで力つき、五体を投げ出す。
どうやら立ち上がるだけの気力も残っていないようだ。妹紅はそんな妖夢の様子を見ると、全身に点した炎を消し、すぐそばに行って腰を下ろした。
「少しの間でずいぶんとまぁ、腑抜けたもんだな」
「余計な……お世話です」
絶え絶えに言葉を紡ぐ妖夢。
「何だ、喋れるじゃないか」
妹紅は驚き、妖夢を見る。
思いの外やりすぎたのかと思ったが、ようく見ると身体的なダメージはそれほどでもない様子だった。
(やっぱりヤバいのは心のほうか)
妹紅は困ったように軽く髪をかきあげ、少し思案して、口を開いた。
「橙から聞いたよ、ひどい負け方したんだってな」
「……はい」
「驚いたよ、あんな真夜中にかつぎ込まれてきた時は。 しかも橙と一緒でさ、どういう組み合わせかって思った」
「……その節はご迷惑を」
「そういうことじゃない……って、話がずれたな。今私が聞きたいたいのは、あんたの腑抜けはそれが原因なのかってことだ」
「………」
「負けたから、ビビっちまってるのか?」
「──ッ!」
その言葉に、妖夢の頭がかあっと熱くなる。
「貴女に何が分かるって言うんですか!」
気付けば、大声で怒鳴っていた。頭が真っ白になり、今まで無理矢理押さえつけてきた感情が暴発する。
「磨いてきた剣が何の甲斐もなく叩き折られて、どんなに稽古しても埋められない力の差を見せつけられて! 挙げ句の果てに死にかけて……もう私には分からないんですよ! 自分の何を信じればいいのか! ……そうですね、私は怯えているのかもしれません、死の恐怖に、今まで信じてきた道を見失ったことに。 でも、いいじゃないですか、本当に怖かったんですから! 逃げたって……」
すべてをぶちまける妖夢。
最初はそれを黙って聞いていた妹紅だが、だんだんと表情に苛立ちがつのっていき、それはある一点で我慢の限界を超えた。
「……ったく、『たった一回死にかけた』くらいでそれかい」
「な……!?」
「不幸自慢みたいなのは好きじゃないんだけどさ……あんた、私の素性は聞いてるよな?」
「はい……あっ」
「私は、父様に恥をかかせた憎むべき仇──輝夜をずっと追い続けてきた。そして、幻想郷でようやく追いつき、因縁は今も続いてる。 出会い頭の殺し合いなんてしょっちゅうさ」
「……」
「そう、殺し合いさ。私たちはそれをずっと続けてきた。確かに私は死なない。死んだって再生してしまう。でもさ……こんな体でも、死ぬっていうのはかなり痛くて……怖いんだ」
妹紅は自分の掌を見る。壊され、その度に再生してきた己の肉体を。再生を繰り返す中で、これの体は本当に自分なのかと考えたことすらある。
「どんなに砕かれ、斬られ、焼かれようとも再生し、……死することも老いることもない肉体。それは同時にな、どんな辛いことからも永遠に逃れられないってことなんだ。辛い過去も、悔しい敗北も、身を裂くような痛みも、己の死でさえも、全部抱えて永遠に生きていかなきゃならないことなんだよ」
言って、妹紅は見つめていた掌を握る。
「でも私は生きるよ、何があっても。何度負けようと、たとえ決着が付かずとも……輝夜を倒し続ける。これが私の戦い。私の生。一番の根っこにあるものだ」
強く、気高い瞳がそこにはあった。
妖夢にはそれがとても眩しく思えた。余りに眩しくて…直視できないほどに。
「強いですね、貴女は。私にはとても……」
「負けず嫌いなだけだよ、私は。今はこれでも充実しているしな。そんであんたは一人であれこれ考えすぎなんだ。世界にはお前一人じゃないし、道も一つじゃあないだろ?」
言って、妹紅は妖夢から視線を移す。
その先には慧音と橙の姿があった。心配して迎えに来たのだろうか。
「べらべら喋っちまったけどさ。結局私が言いたいのは、もうちょっとあがいてみろよ、ってことだ。 道が見えないなら見えないなりにさ、周りを見回して、探してみなよ。そっちの方がずっと有意義だと私は思う」
妹紅は少し恥ずかしそうに言って立ち上がり、妖夢に手を差し出す。
「……」
妖夢はその手を取って身を起こすが、うつむき黙りこくったままだった。
「……ま、言ってすぐにどうこうできるとは思わないよ」
妹紅はきびすを返し、慧音たちの方へ歩いていく。
「私は先に帰るよ。気が済んだら戻っておいで」
あくびをして詰め所の方角へ戻っていく妹紅。
慧音もそれに続く。
ゆっくりと遠ざかっていく「二つ」の足音。
そう、橙はこの場にとどまっていた。
足音はすでに遠く、やがて聞こえなくなる。
静けさを取り戻した竹林。
そこには妖夢と橙だけが残されていた。
詰め所までの道を2人で歩いていく妹紅と慧音。
「ふふ」
不意に、慧音が小さな笑い声を漏らした。
「なんだよ」
「妹紅、若者の指導、お疲れさまだったな。意外と教師に向いてるんじゃないのか?」
「よせよ。妖夢があんまりにウダウダしてたからつい熱くなっただけだ」
「そうか? 何だかんだで面倒見のいいところとか、ぴったりだと思うが……」
「だからよせって!」
嬉しそうに絡む慧音に、照れる妹紅。
2人はしばらくそんな調子で談笑しながら歩いていた。
しかし、詰め所まで後少しのところで、その足取りがぴたりと止まる。
「………」
2人の視線は、頭上に密生した葉が月光を遮っている、前方の暗がりに向いていた。
そこに不審な影の存在を見止めたためだ。
「誰だ!」
妹紅が手に炎弾を発生させ、投げつける。
影へ向けて真っ直ぐに飛来する炎弾。
それが空中で弾け飛ぶ。
「!!」
「妹紅、こいつは……」
散った炎が照らし出すもの、それは蒼い法衣をまとった金毛白面の女性の姿。
「八雲……藍!」
慧音の声に答えるように、暗がりから藍が歩み出す。
その手に握られているのはバレルの上下に大きな銃剣のついた金色の拳銃。
銃口から硝煙が上がっているところを見ると、それで炎弾を撃ち落としたのだろう。
「失礼しました。穏やかな用件ではないとはいえ、最初から敵意を向けるものではありませんね」
外向きの、とりわけ仕事の際に用いる丁寧な口調で話す藍。
しかし、その目にはぎらぎらとした油断のない光が宿っていた。
「用件というのは?」
警戒しながらも問いかける慧音。
妹紅も両手に炎を灯して身構える。
そんな2人に、藍は小さく首を振って応えた。
「今宵は生身で戦いにきたわけではありません。ただ……」
息をのむ妹紅と慧音。藍は様子を見るようにして一拍おき、続ける。
「見せていただきたいのです、獣戦機の神髄……〈超獣機神ダンクーガ〉の力を!」
「……冗談じゃない、あれは護るための力だ、見せ物なんかにできるか!!」
激昂する妹紅の姿を見て驚いた様子もなく、藍は続ける。
「結構です、ならば……」
藍の背後、暗がりから三つの人影が飛び出し、彼女の左右と前方に一人ずつ躍り出る。
彼らは服装も体格もバラバラだが、全員に共通するものが一つだけあった。
全員、前面に大きく『罪』と書かれた白の覆面──いや、空気穴の空けられた布袋を被っていた。
さらに彼らはトンファー、チャクラム(戦輪)、三節棍といった武器を手にしている。
身構える妹紅と慧音。
そんな2人の目の前で、藍は拳銃を空に向けた。
続けて、布袋の男たちも各々の得物を空に向ける。
すると突然、耳鳴りのような音が響き、武器より蒼い燐光が立ち上った。
「『これ』を使って、里を襲撃するまでです」
不適な笑みを浮かべる藍。
それから間もなく、すさまじい振動が大地を揺らした。土煙が舞い上がり、奪われる視界。
妹紅と慧音はとっさにお互いの背中をあわせ、空高く飛び上がって土煙から脱出する。
「くそっ、一体何なんだ……!」
「妹紅、あれを見ろ!」
慧音の指さす先、
詰め所からそう遠くない場所に四本の巨大な武器が突き刺さっていた。
銃剣、トンファー、チャクラム、三節棍……。
藍たちが手にしていたものと同じタイプの武器だ。
『『『『ウェイクアップ』』』』
スピーカーで増幅された四人分の声が響きわたる。
『〈シン〉』
『〈セン〉』
トンファーとチャクラムが、それぞれ太い腕と太い足を持つ、白銀の竜人型のマシンに変形する。
『〈ダリア〉』
三節棍が展開し、花を思わせるフォルムをした細身の人型マシンに変形する。その装甲もまた白銀色。
そして……。
『〈サウダーデ〉』
銃剣が変形を開始した。
グリップ部が展開して手足が形成され、銃身は折り畳まれて胴体と頭部になる。バレルパーツが外れ、剣のように長い銃剣の付いたライフルとなって右手に握られる。そして完了する変形。
その西洋の騎士を思わせるフォルムは、4機の中では一番バランスのとれたものに見える。しかし、一つ大きな違いがあった。
それは『金色』の装甲。
この機体だけは、明らかに他の3機とは違う気勢を放っていた。
金色のマシン──〈サウダーデ〉の目に光がともる。その背中で虫の蜻蛉(かげろう)を思わせる造形の、蒼く巨大な羽が展開した。
羽から飛び散る蒼い粒子が、夜の竹林を照らす。
闇に浮かぶ蒼と金はあまりにも清廉で──また、禍々しかった。
「くそ……させるか! 急ぐぞ、妹紅」
「ああ!!」
妹紅と慧音は獣戦機を隠してある場所に向かって飛んでいく。
慧音の頬を冷や汗が伝った。
里を襲うというのは恐らくダンクーガを誘い出すためのブラフであろう。しかし慧音にはそれを見過ごすことなどできなかった。僅かでも里に危害が加えられる可能性があるのなら、どんな相手とでも戦わねばならない。速度を上げる慧音。そんな彼女に妹紅も無言で続く。
遠ざかっていく後ろ姿。
その姿を見つめながら、藍は〈サウダーデ〉のコクピットで呟いた。
「さぁ、早くしてもらいましょうか。今日の私にはまだ、やることがあるのでね」