みょん×ソード ep.Ⅳ 舞うは機妖跋扈②
幻想郷のどことも知れぬ場所。
鉄の壁に囲われた広大な空間に藍は降り立つ。
「藍、ただいま戻りました」
「ご苦労様」
紫は藍の報告に背を向けたまま返した。その瞳は前方に広がる深い闇を見つめている。
「手ひどく振られたみたいじゃない、反抗期かしらねぇ……?」
「……ッ」
痛烈な皮肉に藍は一瞬、表情を曇らせる。橙に拒絶されたという事実は未だに彼女を揺るがせていた。
「まぁ、手ひどくやられたのはあなただけじゃないのだけれども」
「……どうかなされたのですか?」
「見なさい」
言って、紫は扇子を取り出し、前方の空間を指し示す。
ぶぅん、という音とともに、天井に取り付けられた光学装置──外の世界でライトと呼ばれるものが起動する。
光が広大な空間を照らし出した。
二人の立つ場所は吹き抜けになっている建物の二階。一階を望むことのできる、キャットウォークのような場所だった。そして紫の扇子は一階に横たわるものを指し示す。
「……これは」
藍の目が驚きに見開かれる。
一階に横たわっていたのは右腕を根本から断ち切られ、式神によって修理されている最中の〈バルディオス〉だった。
「あなたが橙に会いに行っていた間、少しだけ妖夢にちょっかい出してみたのよ。まぁコテンパンにしてやったけど……最後の最後でしてやられたわ」
言葉とは裏腹に楽しそうに言う紫。口元を扇子で隠し、含み笑いを漏らす。
一方で藍は驚きを隠せなかった。この異変において紫とともに早くから動いてきた彼女は、〈バルディオス〉の力を十分に知っている。すさまじき火力と亜空間戦法の恐ろしさを。まさかそれに一矢報いるとは……。
「妖夢はこれほどまでに〈ダン〉を?」
藍は深刻な面持ちで紫に問いかける。
しかし、紫は残念そうに首を横に振った。
「いいえ、火事場のなんとかって奴ね。普段は電磁シールドも満足に扱えないみたい……そこでね?」
言って、初めて紫が藍に振り向く。
そこにはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。まるで気になる子にちょっかいを出そうとする子供のような笑み。
「傷心の貴女に次の任務です」
「……はい」
再び傷をえぐる紫の言葉に、藍は表情を変えずに答える。
「〈サウダーデ〉の使用を許可。加えて〈ダン〉を除く5体のオリジナルセブン機を与えます。それを率いて里の外れにある『紅の獣戦機隊』の詰め所を襲撃してきなさい。パイロットは……適当な手駒を5人、見繕っていけばいいわね」
「『紅の獣戦機隊』……里を守っているあの合体マシンの乗り手たちのことですか?」
「そうよ。〈ダンクーガ〉……丁度いいところだと思ってたの」
「……まさか妖夢も、そこに?」
話の流れを汲んで問いかける藍に、紫はにやけ顔を扇子で隠しながら返す。
「理解が早いのは嬉しいわぁ。でも、貴女が聞きたいのは橙のことでしょう? それならイエス。あの竹林の娘に拾われたみたい」
「……はっ」
内心を見透かされたことを不服に思いつつも、藍は紫にかしずいた。式神にとって主よりの指命は絶対である。それに加え、彼女はこの任務に自身の目的を見いだしていた。
紫はその様子に満足げに一つ頷き、続ける。
「今回確かめてきてほしいのはあの〈ダンクーガ〉が『今』どれほどのものか、そして妖夢は〈ダン〉を預けるに足る者かということです。やることさえやれば、後は好きにして構いません」
「……はっ!」
藍の瞳に鋭い光が宿る。揺れていた心が目的を得て定まり、妖狐の瞳に鋭い光が宿る。
今度こそ、何としても橙を連れ戻す。
藍は心の中で呟くと、懐からバレルの上下に大きな銃剣のついた拳銃を取り出し、頭上にかざした。風が巻き起こり、その姿が一瞬のうちにかき消える。
それから間もなくして、遙か上空を何かが飛び去るような音が響いた。
「ふふふ……現金ねぇ、藍も」
張り切る藍の姿に、紫は何ともいえない微笑ましさを感じ、薄い笑みを浮かべる。たとえるなら、小遣いをもらってはしゃぐ子供を見るような表情だ。
「さて……」
紫は気だるげに言うと、虚空に指で大きな円を描いた。すると、その指の動きに沿ってスキマが開き、空間を円形に切り取っていく。そして、切り取られた空間が「ぼこっ」と奇妙な音を立てて欠落すると、その円の中に別の空間が映し出された。
それは花咲く冥界の地、白玉楼の風景。
「幽々子、そっちはどう?」
『は~い~?』
紫の問いかけに返る、気の抜けた返事。それは白玉楼の主、西行寺幽々子のものだった。
「『あれ』は役に立っているかしら?」
『いい感じね~。西行妖と〈ダイモージャ〉にもよくなじんでいるみたい。このままいけば実験は成功よ』
「そう……私もすぐに行くわ」
『お願いね~』
会話の終了とともに、切り取られた空間が修復され、何事もなかったかのように元に戻る。
紫は視線を階下の〈バルディオス〉に移した。
どうやら現在は肩関節の換装が終了して、右腕の取り付け作業に入っているようだ。
完成次第、白玉楼に向かわねばなるまい。
まだまだ、やることは多い。
「ああ、忙しい、忙しい」
紫は呟きながらも妖艶に笑う。
その笑みが何を意味するか。
今はまだ、わからない。
「なるほどね……これは確かに困ったものだ」
詰め所を出て、夜の闇に消えていく妖夢の後ろ姿。
それを見ながら、慧音は呟く。
恐らくまた稽古だろう。
「そして、これもな」
「ああ」
言って、妹紅と慧音は目の前の文机に目をやる。
そこにあるのは大量の料理。
先刻に慧音が帰ってきてすぐに、妖夢は台所から食事を持って出てきた。
驚くべきはその量。
これだけの材料をどこから持ってきたのか、大量のタケノコや野菜、川魚を使った山盛りの料理が今も文机の上に乗せられていた。
妖夢は少し食べただけで出て行ってしまったので、今は橙を含めた三人で食べている。しかし、それでも料理は一向に減る気配がない。
「ミスティアとリグルは?」
慧音は姿の見えない二人の動向を聞く。
「二人とも自分の仕事。最近は敵も落ち着いてたからな」
「そうか……なら、とりあえず料理は包んでおこうか。せっかく作ってくれたものだ、悪くするわけにもいくまい」
「ああ、頼む。私はちょっと出かけてくるよ」
妹紅は立ち上がり、一瞬橙に目をやってから慧音に目を合わせる。
「留守番を頼む」
わざわざ念を押して言う妹紅に橙は気付かなかったが、慧音は流石に阿云の呼吸と言うべきか、それだけで意図を理解し頷いてみせた。
「任せろ、気をつけてな」
「心配はいらないよ。そう簡単にどうこうなる私じゃない」
玄関を開け、走り去っていく妹紅。
慧音はその姿を見届けると、橙に向き直る。
(さて、私はこっちか)
慧音の視線に気付いたのか、ちびちびと煮魚を食べていた橙が箸を止め、振り向く。
「?」
(どうしたものかね……)
迷える少女を前に思案する慧音。
その瞳は既に教育者のそれとなっていた。
「妖夢、もし力があれば、お前は何をする」
しわがれながらも力強い声が問いかける。
妖夢はこの声を今も鮮明に覚えていた。
先代御庭番、魂魄妖忌──私の御爺様だ。
「力があれば……お嬢様をお守りできます!」
元気良く返すのは幼い自分。
身の丈に合わせた練習用の刀を手に、まっすぐな瞳で祖父を見つめている。
ここで妖夢は、自分が夢を見ていることに気づいた。
まだ祖父が白玉楼にいた頃。姿を消す前の日々の夢を。
当時、まだ楼観剣と白楼剣は祖父の腰にあった。
孫の問いにゆっくりと頷く祖父。
「然り、我ら一族の剣はそのためにある。だが……それ以外にはどうだ? 使命にとらわれず、己の心に聞いてみよ」
「私のしたいこと……?」
祖父の問いに、妖夢は首を傾げる。
考えたこともなかった。
幼いながらも妖夢は既に魂魄の一族が持つ使命を理解していた。お嬢様を護る為、あらゆる敵を斬り潰すこと。そのために己の剣を磨き続けること。それこそが自分たち魂魄の剣士がすべきことである。
妖夢はそうした職務に携わる祖父の姿を見てきたし、自分もいつかは二刀を受け継ぎ、その役目に就くものだと信じていた。
主のため、己の剣を振るう。妖夢は幼いころからその日を夢見て腕を磨いていた。彼女にとってはそれがすべてだった。
だが、そこに投じられた問い。
使命の外にあるもの。自分の剣に求めるものとは……。
「~~~~」
頭を抱える孫に、妖忌は苦笑を浮かべる。
「思いつかんか。まぁ……今はまだいい」
太い古木のような手が妖夢の頭に乗せられる。
老いてなお暖かく力強い大きな手が、ゆっくりと幼い妖夢の頭を撫でる。
「お前はまだ幼い。半端に考えず、おのが感ずるままに、事をなしてゆけ。風を感じ、命に触れ、邪念を除き、ありのままに剣をふるうがよい。さすれば自ずと、剣の道はお前に応えてくれるだろう」
「考えない……? つまり、馬鹿になれってことですか、御爺様?」
「はは…そうだな。剣の道を行く者の多くはそうかもしれん。無論、儂もそうだ」
祖父は笑みを浮かべると、妖夢の頭をぽん、ぽんと軽くたたく。
何だか馬鹿にされたような気がしないでもない妖夢は、釈然としない表情で祖父を見た。
「う~ん、そういうものですか……?」
「そういうものだ」
厳しく強く、優しい祖父。決して口数の多い人物ではなかったため、妖夢はこの日の饒舌な祖父のことを良く覚えていた。