ウルタールの路地裏から。 -73ページ目

みょん×ソード ep.Ⅳ 舞うは機妖跋扈①

傷だらけの夢が風に吹かれて転がってゆく。
欲望の嵐が渦を巻き、新たな異変を巻き起こす。
幻想郷はそんな場所。
野望と夢が飛び交う、人外たちのパラダイス。


旅を遮る山がある。高く、険しく、冷たく、厳しい。
そこに住む魔物は少女たちの夢を切り裂き、敗北の地に沈める。
その悲鳴は、誰にも届かない






みょん×ソード ep.Ⅳ 舞うは機妖跋扈─BRAVE BRADE!─



 竹林のとある場所。他より竹の間隔が少しだけ開け、頭上に密生した葉の間から晩春の強い日差しが差し込む場所に、魂魄妖夢は独りで立っていた。
 いつもの服装からベストとブラウスを脱ぎ、さらした素肌。そこには幾重にも包帯が巻かれている。右腕と右足、おまけに胸部にまでに至る手当の後。その姿はとても痛々しい。
「く……」
 右半身に走る痛みに、妖夢は顔をしかめる。〈ダン〉の受けたダメージが機体と彼女を生体的に接続する『ヨロイインターフェイス』を通じてフィードバックし、彼女の体を苛んでいるのだ。
 しかし彼女は構える。
 納めた長刀の柄に右手を沿わせ、左手で鞘の鯉口を握り込む、居合の抜刀姿勢。
 薄く目を伏せ、気を張りつめて集中する。
 その視線が、群生する竹の内の一本をとらえた。
 半霊を飛ばし、揺らす。
 大きくしなって揺れる竹。その一本の揺れは周囲にあっというまに広がって、妖夢の頭上に大量の葉を散らす。
 
 そして見開かれる瞳。


 鞘走りとともに抜き放たれた剣が妖夢の細い体とともに乱舞し、舞散る葉を次々と切り裂いていく。
 ひとつ、ふたつ、みっつ……
 無数の葉の悉くに斬撃が加えられていく。
「はぁぁぁっ!」
 ただ集中し、斬り続ける。
 何かを振り払うように。
 そう、何かを──。
「……ッ!」
 脳裏に浮かぶ光景。
 恐ろしく巨大な赤と青色の鎧武者の突撃。
 その恐怖は張りつめていた心に動揺を生む。
 手がふるえ、剣閃が乱れた。
 斬撃を逃れた葉がいくつか、ひらひらと地面に舞い落ちていく。
 妖夢はその様子を力なく見つめていた。
 独り、己の肩を抱く。
「だめだ……これじゃ届かない。あの機体には……紫様には!」
 再び頭をよぎる光景。
 迫る巨大な剣、突然現れる拳の一撃。
 そして、底冷えするような、殺意。
 恐怖とともに右半身が再び痛みを訴え始める。
 
 傷は深い。
 それは心の奥まで彼女を苛む。




「戻りました」
 修行を終えた妖夢。真っ赤な西日が射す中で彼女が戻ったのは、里の外れにある一軒の小屋だった。簡素な座敷に複数の文机が並べて置かれたその様は小さな寺子屋といってもよい。
 そして、その中には二つの人影があった。
「お帰りなさい!」
 妖夢に気づき、駆け寄ってくる橙。
「よう、お疲れさん」
 土間の台所で夕飯の支度をしながら言うのは藤原妹紅。
 ここは彼女が里の防衛のために仮住まいとしている場所、彼女率いる「紅の獣戦機隊」の詰め所である。妖夢と橙の二人はあの戦いの後、この小屋の世話になっていた。
「あ、お手伝いします」
 妖夢は靴を脱いで座敷に上がると、割烹着に袖を通し始める。
「いいのか? 悪いな、手伝わせちまって」
 妹紅は妖夢の入る分の間をあけると、申し訳なさげに言う。
 しかし妖夢は笑顔で返した。
「いえ、構いませんよ。屋根を借りている身ですから」
 言いながら割烹着のひもを後ろで結ぶ。橙もそれに続こうとするが、妖夢は「大丈夫」と一言だけ言うと、そのまま妹紅の隣につく。
 その手際は見事なもので、気づけば妹紅の仕事は無くなっていた。所在なげに妹紅は座敷に腰を下ろす。
 妖夢の包丁は座敷にトントントンと軽快なリズムを響かせている。いつのまにか妖夢は鼻歌まで歌い始めていた。
「……重症だな」
 その音を聞きながら妹紅は呟く。その表情は何とも言いがたい、苦い彩りを帯びていた。
「はい……」
 力なく同意する橙。どうやら二人の会話は妖夢には聞こえていない様子だった。橙は妹紅の近くに腰を下ろすと、膝を抱えた。
 妹紅は構わずに続ける。
「抱え込んで、どうにもならないってところか」
「私、どうしたら……」
 橙は二本のしっぽを足に巻き付け、抱えた膝に顔を埋める。
 それを横目に見た妹紅は、ため息を一つ。
「悩んだってどうしようもないさ。こういうのは本人の問題だ。
苦しくても前に進むしかないんだよ。それに……あんたは人の心配の前に、自分の事を片づけなよ」
「え……?」
 思わぬ言葉に顔を上げ、驚く橙。
 妹紅はやれやれといった様子で頭をかくと、橙に向き直る。
「やっぱり図星か。あの夜、あんたが妖夢を運んできたときに、どうにもおかしいと思ったんだよ、近いとはいえ私を頼ってくるなんて。普通ならどっちかの主人を頼るはず」
「………」
 再び顔を埋め、黙り込む橙。
 妹紅はそれを肯定と受け取った。
「……戻れない理由があるってことか」
「……すみません」
「いいさ。何があったか知らないが、ゆっくりしていきな。ただし……」
 橙の頭に手が置かれる。
 顔を上げる橙。
 そこには、妹紅のさっぱりとした笑顔があった。
「ここはお節介な奴も多いけどな。私や……おっと、あいつみたいに」
 言って、妹紅は親指でとある方向を指し示す。
 その先には玄関の戸を開ける上白沢慧音の姿があった。寺子屋からの帰りだろうか、大きな鞄を抱えている。
「どうした、妹紅? それに橙じゃないか」
 自分を指さす妹紅の様子と珍しい来客に、慧音は驚きの表情を浮かべる。しかし台所から立ち上る食事の匂いに気づくと、合点がいった様子で頷いた。
「詳しい話は、食事の後だな?」





ep.Ⅳ ②へ続く