ウルタールの路地裏から。 -33ページ目

みょん×ソード the final 『白楼剣は明日に舞う』⑤

the final④から



 頭部から胸部にかけてを破壊された〈G・ダイモージャ〉。
 その胸部に腕を突っ込むような形で停止した〈ダン〉。 その腕の上を、刀を納めた妖夢が歩いてくる。
 今や〈ダイモージャ〉のコクピットはむき出しになり、幽々子と、彼女を拘束する『端末』の姿が見えていた。
 触手を伸ばし、その先端を幽々子の喉元に突きつける『端末』。
 それは分かりやすい人質。
 近づくな、さもなくば殺すという意思表示なのだろう。
 自己保存の原則に従って、この機械はその場で取りうる最良の手段をとっていた。
結果にかかわらず相手を怯ませ、撤退の時間を稼ぐにはこの手段が最適と学習していたからだ。
 しかし妖夢は歩みを止めなかった。
 一歩、二歩。
 無造作に近づいていく。
 杭のように鋭くなっていく触手の先。
 その先端が幽々子の喉元を貫こうと動いた一瞬。
 踏み込みとともに鞘走った抜き打ちが、それよりも早く『端末』の核である金属球体のみを両断していた。
 水銀のような液体金属を滴らせ、張り巡らせた触手共々崩れ落ちる『端末』。
 妖夢は血振りをして静かに納刀すると、拘束から解放された幽々子の前に膝を突く。
「幽々子様、ただいま戻りました」
「お帰りなさい、妖夢。……お疲れ様」
 帰参を告げる妖夢に、幽々子は優しくねぎらいの言葉をかける。
「はい……幽々子様」
 妖夢の瞳には、涙が浮かんでいた。
 『お帰りなさい』。
 その言葉は、彼女にとっては何よりの労いだった。
 洩れ出そうになる嗚咽をこらえる妖夢。その頭で、花びらの混じる風に揺られたリングが、ちりん、と澄んだ音を立てていた。




 異変の収束とともにあれだけ咲き乱れていた桜は全て散り、西行妖も咲かずの妖怪桜に戻ったことで、白玉楼は外の世界と同じく緑の映える晩春の景色を取り戻していた。
 〈バルディオス〉から降りた紫、藍、橙の元に、幽々子の手を引いた妖夢が歩いてくる。
「妖夢さーん!」
 手を振る橙。
 その横で微笑む藍。
 そして、一歩出る紫が、全員そろったのを見て口を開く。
「皆、ご苦労様でした。色々ありましたが……今回の作戦は成功だったといえるでしょう」
「?」
 唐突な紫の言葉に妖夢、橙、そして藍までもが呆気にとられる。
「西行妖の活性化、予想外の形ながらも想像以上に膨大な量の霊力の生成と確保に成功しました。そして……」
 紫は扇子を広げ、元に戻った〈ダイオージャ〉を指し示す。どうやら〈G・ダイモージャ〉は本体の〈ダイオージャ〉を分厚い機械部品で着ぐるみのように覆っていたらしく、〈ダイオージャ〉そのものは胸部以外にほとんど損傷を受けていなかった。
 その唯一の破損部である胸部ハッチから、罪袋たちの手によって端末の残骸が運び出されていく。
「下手人も鹵獲できたしね」
 言ってウインクする紫。
 転んでもただでは起きないとはこのことである。
「もう、私は死ぬところだったのよ~?」
 腰に手を当てて頬を膨らませてみせる幽々子。
「ごめんごめん……って幽々子、あんたもうずっと前から死んでるじゃない」
「そういう問題じゃないわよぅ~」
 あんな目にあったにも関わらず冗談を言い合う幽々子と紫。そのしたたかさに、当人たちをのぞく一同はやれやれと溜息をついた。
 妖夢は橙と藍の方に顔を向ける。
「橙は、これからどうするんです?」
「私は……藍さまや紫さまと一緒に行きます。二人のお側で、自分にできることをやってみます」
 そんな橙の肩に、藍が手を乗せて微笑みかける。
 橙は笑顔で、その顔を見つめ返した。
「ああ、私がビシビシ鍛えてやる。式としての全てをな」
「はい! これからマシンの訓練もするんですよね?」
「そうだ。私は厳しいぞ?」
「私、頑張ります!!」
 藍の言葉に元気よく返す橙。旅を越えてともに強くなった少女の笑顔を見て、妖夢は優しい微笑みを浮かべた。
「お前はどうするんだ、妖夢」
「……」
 藍の言葉に妖夢は一瞬、押し黙る。
 しかしその瞳に揺らぎはなかった。それは迷いでなく、決意を噛みしめるための間。
「私は──」
「妖夢~帰るわよ~」
 紡ごうとした言葉を、幽々子の声が遮る。
「おなかすいちゃった。久々に妖夢の料理食べたい~」
 言いながら妖夢の腕を引く幽々子。
 妖夢はその手をとると、幽々子に向き合った。
「幽々子さま」
「何?」
 妖夢の呼びかけに、ほやんとした顔で返す幽々子。
妖夢はその顔を正面からのぞき込み、一泊おいて切り出した。
「もう少しだけ……暇をもらえないでしょうか? 私自信の目で、今幻想郷に起きていることを見極め、剣を磨いてみたいのです」
「……」
 妖夢の言葉を、幽々子は黙って聞いていた。
 しかしその真剣な眼差しを見ると、彼女は満足げに一つうなづく。
「いいでしょう、行ってきなさい。私はいつでも帰りを待っているわ」
「……はい!」
 二人は互いに振り返ると、逆の道を歩き出した。
 幽々子は白玉楼に、妖夢は顕界への階段に。
「いいのか?」
 呼び止め、問いかける藍に妖夢は静かに微笑む。
「いいんです。今はもう、帰れる場所がありますから。それがあるかぎり、私は必ずあの方の元へ帰ってきます。だから…『今は』、これでいいんです」
「そうか」
 短く言うと、藍は右手を差し出す。
「ならばまた、機械仕掛けの戦場で会うこともあろう。」
「ええ」
 妖夢もその手を取り、握手を交わす。
「お元気で」
「ああ、お前もな」
 互いに頷き、手を離す。そこに駆け寄る橙。
「妖夢さん。私、絶対に強くなります。次に妖夢さんに会うまでに」
 旅に出たときと変わらぬ橙の真摯なまなざし。しかし、今やその内には確かな芯が宿っている。妖夢にはそれがとても頼もしく思えた。
「分かりました。では、私が戻るまで幽々子さまをお願いします」
「はい!」
 妖夢は橙の頭を撫でると、再び顕界への階段に向かって歩き出す。
 橙と藍は階段へ消えていくその背中を見送っていた。



 ちりん



 春の終わりを告げる暖かい風が、妖夢のリボンに取り付けられたリングを揺らす。
「次は……何処に行こうか」
 つぶやく妖夢の瞳は澄んだ光をたたえて、何処までも遠くを見据えていた。






エピローグへ