みょん×ソード ep.Ⅰ 楼観剣は風に舞う②
(ep.Ⅰ①はこちらhttp://ameblo.jp/nekobaron/entry-10404430271.html )
「ごちそうさまでした」
「はい…」
八雲邸の居間に案内された妖夢は、出された食事をあっと言う間に平らげると、ぱちんと両手をあわせた。それに合わせ、リボンに付けられたリングも揺れ、軽い金属音を立てる。心なしか周囲を漂う半霊の動きも活発になったように見えた。
しかし、ちゃぶ台の反対側に座る橙の表情は重い。
それもそのはず。
家のどこにも、彼女の主達の姿はなかったからである。
橙は妖夢に料理を出した後、屋敷をくまなく探し回ったが、見つかったのは長らく留守にしていたという痕跡のみ。いつも出しっぱなしの布団は押入にしまわれ、妙に近代的なポストには「文々。新聞」が大量に突っ込まれていた。その上、部屋の各所には簡易的な結界まで張られ、あからさまに屋敷は留守の様相を示していた。
「あうう……やっぱり何処にも居ない。藍さま……紫さま……」
半泣きでちゃぶ台に突っ伏しながらつぶやく橙。主のいない不安もさることながら、置いて行かれたという事実が彼女のショックに拍車をかけていた。
その姿はまるで母親に捨てられた子猫のよう。
食事を終えて茶をすすっていた妖夢だったが、さすがに見かねたのか、しばしの逡巡の後、一飯の恩義として口を開く。
「橙、落ち着いて聞いて」
「…ふぇ?」
優しく語りかける妖夢の言葉に、橙が顔を上げる。その顔は涙を通り越してとうとう鼻水まで出ていた。
「紫様や藍さんは、今とても大事な要件に取り組んでいるんです」
「藍さまたちに会ったんですか!?」
目を輝かせ、身を乗り出す橙。その姿に、妖夢は内心しまったなと思いつつも話を続ける。
「ええ。といってもすぐに──」
「こうしちゃいられません!早く追っかけないと!」
話も聞かずに駆け出そうとする橙。しかし、後ろからそれこそ子猫のように襟首を捕まえられ、止められる。
「ですから、落・ち・着・い・て」
妖夢は顔を近づけて、一語ずつ強調しながら言い聞かせる。
「は、はい…ごめんなさい」
頭が冷えたのか、少し落ち込んだ顔で座り直す橙。
「いいですか、橙。今、幻想郷には大きな異変が起きているんです。とても危険な、それこそあの方たちが動かなければならないような異変が」
「はい…」
「藍さんや紫さまが貴女を残したのは、きっとその危険に巻き込まないため、貴女を思ってこそのことなんですよ」
「そんな、私だって!」
「あのマシンを見たでしょう?先の機械巨人の騒ぎといい、今回の事態はまだ先が見えないんです。ですから紫様のことは私に任せて……」
「イヤです!」
「橙!」
「妖夢さんみたいに強い人には分からないんです! 私の気持ち、ご主人様に置いて行かれた式神の気持ちなんて!」
「え?」
橙の一言に、妖夢の動きが止まる。
「私みたいな式神はご主人様のために戦うのが使命です。 なのに、置いて行かれた……弱いから、いらないって」
「橙……」
妖夢は、胸に一つ、チクリと刺さるものを感じた。
「私は、危険だからこそ一緒にいたい、力になりたいのに……!」
橙の瞳からぽたぽたと、大粒の涙がこぼれる。
「橙」
妖夢は軽くかがみ、橙と顔の位置を会わせて言う。
「大丈夫。貴女はまだ、これからいくらでも強くなれます。私だってまだ修行中です」
「私が強く?ほんとですか…?」
袖でぐしぐしと涙を拭う橙。妖夢は優しく微笑み、続ける。
「はい。でも、強くなるのには時間がかかります。今回の異変はまだ貴女には早すぎる。だから…」
「分かりました、なら!」
「よかった、分かってくれたんですね」
「私を連れてってください!」
橙の言葉に、妖夢の表情が固まる。
しばしの沈黙。
固まった表情のまま疑問符を浮かべる妖夢。その姿をよそに、橙は目を輝かせて食料やら何やらを鞄に詰め込んで荷造りを始めていた。
「あの、ちょっと…… 何でそうなるんですか!?」
ようやく言葉を紡ぎだす妖夢に、橙は胸を張って言葉を返す。
「藍さまは言ってました。強くなりたいなら周りから学べと。それに妖夢さんについていけば藍さま達に会えるかもしれませんし、一石二鳥です」
先ほどの泣き顔はどこへやら。橙の顔はすさまじいまでの輝きと活力に満ちていた。
妖夢とて気持ちはわからないわけではないが、連れていくわけにはいかなかった。橙を見つめ、言い聞かせる。
「……ダメです!」
「何でもします!」
「何でもって、何するつもりですか!」
「えと…」
顎に人差し指を当てて少し考える橙。しかし、すぐに思いついたような顔をすると妖夢に近づいていく。
「な、何を…」
ちゅっ
「~~~~~~ッ!」
頬に、キス。
「なななな何するんですかぁ~~ッ!」
真っ赤になって狼狽える妖夢。完全に不意打ちだった。多くの敵を切り捨てるサムライ少女も、この小さな、そして突然すぎる一撃に完全に平静さを失っていた。
「ら、藍さまが、ほんとにお願いしたいことがあったらこうしろって…」
上目遣いで少し恥ずかしそうに返す橙。
(藍さん、あんたって人はぁーッ!)
思わず心の中で叫ぶ妖夢。日頃、幽々子からこういったスキンシップをされてはいたのだが、元の生真面目さからかとうてい慣れられるものではなかった。しかも、思いも寄らない相手から突然受ければなおさらである。
「だ、だからってこんな!」
「だめ、ですか?」
上目遣いではにかみながら、若干息多めに言う橙。
この仕草もあの親バカの差し金か。
「ぜぜぜ、絶っっっ対っ、ダメですっ!」
気まずさから逃げるように早々に食事の礼を言い、屋敷を後にした妖夢。
彼女は再び森の中を歩いていた。
「はぁ…」
溜息をつき、後ろを振り返る妖夢。
カサコソ、サッ
視線の端、何かが茂みに隠れる。
その隠れた先、茂みから猫耳と二本のしっぽが飛び出している。これで隠れたつもりだろうか。
気づかない振りをして、また歩き始める妖夢。
カサコソカサコソ……。
再び動き始める物音に呼応するように、妖夢は再び溜息をついた。
「橙」
「ち、違います! …あっ、しまった」
妖夢は呆れ顔で三度目の溜息をついた。
「に、にゃーぉ」
「まったく、何やってるの…」
ただの猫のふりをしてもすでに遅く、橙は再びふん捕まえられてしまった。
捕まった橙は、ばつが悪そうに俯いていた。
「橙、ダメだって言ったでしょう?」
「いやです」
顔を上げ、橙は再び妖夢の瞳を見つめる。
「絶対ついていきます!」
「あなたには危なすぎます! 私だって、あなたを守りきれるかどうか…」
「私はこれでも藍さまの式。自分のことは自分でやります!それも修行のうちです!」
断固として譲らぬ姿勢。それもひとえに主のため。
彼女はその小さい体いっぱいに忠誠を詰め込んで妖夢に向き合っていた。
「どんなに危険でも、藍さまや紫さまと一緒にいたいんです。そのために強くなりたいんです」
橙の瞳は、まっすぐ妖夢を見つめていた。真摯な気持ちが痛いほど伝わってくる。
(そっか、この子も私と同じなんだ)
従者として、式神として、主のためにありたい。
その思いは二人とも同じ。
見つめる橙。迷う妖夢。
両者はしばし無言で対峙していたが、何か思いついたのか、ふいに橙の耳としっぽがピンと立つ。
「そうだ、それに…」
「…ん?」
ぽふっ、と妖夢の懐に身を預け、抱きつく。
「えーと、さっきのセキニン、とってくれますよね?」
「な…ッッ!」
再び真っ赤になる妖夢に、橙はまた、上目遣いで迫る。
間違いない、この台詞回しは……。
(紫様、貴女もかぁーっ!)
いない相手に心の中で恨み言をぶつける妖夢。しかし、今はそれどころではなかった。
抱きつく腕に力を込める橙。
「ねぇ…妖夢さん…」
「だ…ダメです…!」
「お願い…!」
「ダメです!うわぁぁぁん!」
橙の腕をふりほどき、脱兎の如く逃げ出す妖夢。
取り残された橙は、またあごに人差し指を当てて考えていた。
「やりすぎちゃった…うーん…どうしよう」
座り込んで悩む橙。
「よっし!じゃあ、こうだ!」
何か思いついたか、橙は飛び跳ねて一回転。足を延ばし立ったまま着地すると、ひとっ飛びであっと言う間に茂みへと消えていった。
橙を振りきった妖夢は悩んでいた。
走って逃げてきてしまったが、よかったのだろうか。
橙の意志は固い。あんな絡め手の手段に出たのもやはり主のためだろう。あれほどの想い、果たして無下にしてよいものなのだろうか。
今の自分の境遇。力不足故に白玉楼を追い出され、修行に身を投じることになったこの境遇に、今の橙を重ねる。己の無力故に、未熟故に、一人で主を守ることすらできない。その悔しさ。
やはり、同じ思いなのだろう。
「…ッ!」
あの真摯な瞳が頭をよぎる。
再び、胸が痛んだ。
力とは、強さとは。
偉そうに橙に説教をしてしまったが、私に言えたことだろうか。
足が止まる。
前に進もうとする妖夢の想いを、あの瞳が引き留める。腰の鞘に納まりし、迷い断つ白楼剣。この刀をもってしても、己の迷いは断ち切れないのだ。
妖夢は立ち尽くす。その心情を表すかのように半霊がその周りをふらふらと、頼りなく漂っていた。
「…しょうがない!」
振り向き、橙の後を追おうとした。
その矢先。
爆発。
場所は先ほどまで橙のいた辺り。
悪い想像が頭をよぎる。
まさか。
「……間に合え!」
妖夢はもと来た道を全力で引き返し始めた。