◎番外◎ 妄想居酒屋 | ねこバナ。

◎番外◎ 妄想居酒屋

【一覧】 【続き物】【御休処】 【番外】

-------------------------------

がらがらがらがら

「いらっしゃい」
「こんちはマスター」
「おや珍しい」
「あれ、今日は誰もいないの」
「まあね。あんたが来るって判ってたんじゃないの」
「まさか...ちぇっ」
「いつものでいいかい」
「うん、剣菱。冷えたやつね」

ごとん。
とくとくとくとくとくとく

「はいよ」
「どうも」

ぐびっ。

「ぷはー、んまい」
「どうだい調子は」
「よくないよ。妄想の世界を、こうやってふらふらするのが精一杯だ」
「ははは、それでもましってもんさ。もっと大変な連中は、この世にたくさんいるんだから」
「まあ、そうだねえ」
「ほら、これでも食いな」
「お、冷や奴。ちょうどこういうのが欲しかったんだよ」
「そうだろうさ。なんたって、あんたの妄想ん中の居酒屋だからな」
「へへへへ」

  *   *   *   *   * 

「マスター、サッちゃんは元気?」
「ああ、相変わらず、妙な本ばっかり読んでるよ」
「どうするんだろうねえ、あの子」
「どうするって?」
「高校出てから、何をするんだろう」
「さてねえ...。やっぱり大学に行くんじゃないのかね」
「そうだねえ。ただ気懸かりなのは...」
「何だい」
「動物の保護活動に、足突っ込んでただろ、あの子」
「ああ...。シェルターだっけ」
「そう。いろいろ悩むんじゃないかと思うんだけど」
「そりゃあ...まあ、今までだって、悩んできたんだろうさ、あの子は」
「...」
「だから、そう難しく考えなくても、自分で解決するんじゃないのかね」
「そうだな。そうだといいな」
「ふふふふふ」
「なんだいマスター」
「え? いや、おかしくてさ」
「何が」
「だって、俺も、サッちゃんも、あんたが生み出したんだぞ。なのに、行く末を心配するなんて」
「産みの親だから心配するのさ。それに、私が何もかもコントロールできるわけじゃないんだ」
「そうなのかい」
「そうさ。それぞれの登場人物は、それぞれの人生を、ひとりでに歩いてゆくもんさ。私なんかがあれこれ考えなくてもね」
「ふうん」
「私はそのあとを、ただなぞって、文字にしてるだけだよ」
「そんなもんかねえ...じゃ、俺も心配してくれるのかい」
「マスターは大丈夫さ。それ以上変わりようがないからね」
「ひどいなあ」
「はははははは」

  *   *   *   *   *

「マスター、もう一杯」
「はいよ」

とくとくとくとくとく

「こういう店が、現実にあったらいいのになあ」
「そう思うかい」
「うん」
「はいよ」
「どうも」

ぐびぐびっ

「ぷふううう」
「いつも、美味そうに飲むねえ」
「ほんとに美味いんだから仕方ない」
「へへへ」
「そういや、隣の古本屋には客は来るのかい」
「まあ、ぼちぼちだな。そういや、シュテンプケの『鼻行類』の初版本が入ったよ」
「へえ...。相変わらず奇妙なものを」
「あと、新田の殿様の猫絵もね」
「そうなんだ」
「もちろん偽物だがね」
「はははは、そうなんだ。判ってて仕入れるところが、あんたらしいや」
「別に本物偽物なんて意味無いさ。あれを有難がること自体が面白いんだからな。それに、今回のはなかなか傑作だぞ」
「そうなの」
「ヒョウタンみたいなスタイルで座って、目をまんまるくしてるのさ。猫を見たことのある人間なら、ああは描かないだろ」
「ははははは、そりゃいいや。それは大事にとっておいたほうがいいよ」
「もちろんさ。どうせ買う奴ぁいないだろ」
「ちがいない」

  *   *   *   *   *

「そうそう」
「うん?」
「こないだ、あの中折れ帽とトレンチコートの男がさ、あんた宛に、書き付けを置いてったぜ」
「私に?」
「ええと、ここらへんにたしか...あった、これだ。ほれ」
「どれどれ...ええっと」

ぱらり

「なになに...小生の扱いが笑いに傾いているのが気になる。もっと私らしい、渋く、精悍な、キレのある物語への配役を希望する、だってさ」
「わはははははは」
「よく言うよ。彼ほど、へなちょこなおはなしが似合う男はそうはいない」
「だよなあ」
「可哀想だが、この提案は却下だな」
「当然だろう」
「むしろ、更にへなちょこな境地を開拓してもらわなければ困るんだがね」
「そうだなあ」
「その意味で、彼の行く末も安泰さ。絶対に死んでしまうことはないし、危険な目に遭うことも少ないだろうね」
「本人はスパイ映画の主人公よろしく、気取ってるのにな」
「そのギャップがいいんじゃないか。まあ、本人には、永遠に勘違いしたままでいてもらおう」
「ひどいもんだ」
「これも、作者の特権ってやつさ」
「はははははは」

  *   *   *   *   *

「で、何時まで続きそうかね」
「え?」
「話を書くのがさ」
「ううん...どうだろう」
「まだ、はっきりしないのかい」
「まあね。いろいろやらなきゃいけないんだが」
「ほう」
「正直、怖いのさ」
「何が」
「こうやって、安穏とおはなし書きに甘んじていることが」
「気楽でいいじゃねえか」
「そうもいかないんだよ。こう見えて、最近浮き沈みが激しくてね」
「そうなのかい」
「タイムリミットは近付いている。ああ、別に、病に命を取られるわけじゃないんだが、いろいろ決断しなきゃいかん時が、そろそろ来るのさ」
「ほう」
「ホラ出来るじゃないか。いいやまだだ。なんてこった全然ダメだ。そんなふうに上下に揺られていると、どうも弱気になっていけない」
「あんたらしくもないねえ。だらだらいけばいいのさ。深刻ぶるよりも、まず足下を見るこったな」
「ふふ、そう思うかい」
「そうさ。背伸びしてみても、足下がぬかるんでちゃ、よろけて倒れるだけだ」
「まいったねえ。マスターに元気づけられるとはねえ。私もヤキがまわったかな」
「ふん、弱音を吐くからだよ。そんなふうにしてると、下僕稼業もおろそかになるぜ」
「違いない」
「どうだもう一杯」
「ああ、もらおうかな」

とくとくとくとくとく

「はいよ」
「どうも」

ぐびぐびぐびっ

「ぷはーーー」
「一気にいったね」
「ああ。効いた効いた」
「そんなに急いで飲まなくっても」
「いや、そろそろ帰るよ」
「そうかい」
「また来るからさ。サッちゃんによろしく」
「なんだい、やっぱりお気に入りかい」
「お気に入りって...いや、もう娘みたいなもんだからな。あのくらいの娘がいたって、おかしくないしな」
「へえ。息子じゃ駄目なのかい」
「駄目だ! 男の子供なんて想像もつかないね。妄想できるのは娘だけだ。あれ、いつからこうだったんだろう...」
「ははは、まあいいさ。伝えておくよ。身体を大事にな」
「ありがとう。マスターもね」
「ああ」
「ごちそうさま」

がらがらがらがらがら

ぴしゃん。

「やれやれ。少し弱って来たかな。もう少し保って欲しいもんだが...」

がらがらがらがら

「こんにちは」
「おやサッちゃん。ちょうどよかった。今さっき...」




おしまい





ねこバナ。-nekobana_rank
「人気ブログランキング」小説(その他)部門に参加中です


→携帯の方はこちらから←

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

いつも読んでくだすって、ありがとうございます

$ねこバナ。-キニナル第二弾
アンケート企画
「この「ねこバナ。」が、キニナル!第二弾」
開催中です。ぜひご参加ください。





トップにもどる