◎番外◎ <随筆>グスベリ | ねこバナ。

◎番外◎ <随筆>グスベリ

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グスベリという果実のことを知っている内地の人は、あまり多くない。
全く知識のない人に、あの果実を説明するのは難しいのだ。

「ええとね、小さくて丸くて、ぷちっとはじけるような食感で。小さな種がいっぱい入ってて...」

これは、たいていのベリーに共通した特徴なので、あまり説得力がない。キイチゴでもカシスでもない、あの独特の果肉の感触を伝えたいのだが、うまくいったためしがない。

  *   *   *   *   *

グスベリとは北海道の方言のようで、正しくはセイヨウスグリまたはマルスグリという。イギリスでは鴨料理のソースに使われるので「Goose Berry」と呼ばれていることから、それがなまって「グスベリ」となったとよくいわれているが、本当のところはわからない。
アメリカまたはヨーロッパからの帰化植物で、寒冷な気候を好むためか、北海道と長野で栽培されることが多いそうだ。昔は北海道じゅうのどこの農家でも、庭先や隣地との境界に植えていたようである。春先に白い花をつけ、夏には丸い実を付ける。青い実は非常に酸味が強いが、赤くなるにつれて甘みを増してくる。この果実は夏場の子供のおやつ代わりになった。
私も、夏休みには祖父母の家に遊びに行って、グスベリを摘むのが楽しみだった。母方の祖父は庭いじりが趣味で、その庭にはグスベリの木があったのだ。大きな籠に、ほどよく熟した実をていねいにつまんで入れる。子供のやることだから、ちょっと色づいたくらいの実も全部獲ってしまうので、祖父が「とりすぎだよー」と言っていたのを思い出す。そうはいっても孫は可愛いものとみえて、祖父は決して怒鳴ったり叱ったりはしなかった。
にこにこしながらその籠を受け取り、ざぶざぶと流水であらって、塩をふって少しもんだのを、ボウルに入れて孫達のまん前にどんと置く。するとちいさな手が伸びて、瞬く間にグスベリの粒が減ってゆく。
その光景は、たぶん心地よいものであったろうと想像する。おっとりして口数が少なく、手先が器用だった祖父の気持ちが、今なんとなく判るような気がしているのだ。子供も、もちろん孫もいないのに、この心境はどうしたことだろう。

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大学生の頃、父の転勤で、イカと夜景の有名なあの街に実家が引っ越した。
見知らぬ街に「帰省する」のは妙なものだと思いながら帰り着いた実家は、果たして、じゃがいも畑を間近に望む、きわめつけのボロ家だった。入居前の掃除や手入れが大変だったようで、「これでも随分ましになったんだよ」と母が頬を膨らませながら笑っていた。
しかし其処は、ただのんべんだらりと過ごす私にとって最高の場所だった。家のすぐ裏を小川が流れていて、その向こうのじゃがいも畑は丘の上まで連なり、丘の中腹からは、あの百万ドルの夜景を「裏から」楽しむことが出来る。
そしてなにより、その家の庭には、あったのだ。
グスベリの木が。

毎朝早めに起きて、家の裏の畑に出て、朝食に上るナスやらネギやらを獲りながら、小川のほとりにひっそりと生えているグスベリの木を覗き込む。
小指の先ほどの実が、ちらちらと赤く色づいているのが見える。途端に、幼い頃の味覚が蘇る。
棘に気を付けながら、実をそうっとつまんで、枯れた花びらをむしって、口に入れる。
ぷちぷちと弾けて、青臭い香りと強い酸味、果肉とゼリーにくるまれた種が、舌の上で踊る。
ああ、やはりこの味だと、その度毎に安堵する。

そう、グスベリの味は、私をこのうえなく、安堵させたのだ。

今の実家には、グスベリの木はない。
あの味に最後に出会ったのは、やはり、あのオンボロ長屋で過ごした夏の日々だったのだろう。
丘から吹く涼しい風と、せせらぎの音と、あの実が弾ける感触を、私は後生大事に、脳細胞の奥底にしまっている。

  *   *   *   *   *

最近はグスベリのジャムが、北海道のある街で売っているそうな。
そういえば、青いグスベリをジャムにするというのは聞いたことがあったが、一度も試してみたことはなかった。
今となっては北海道に帰ってもなかなか口にすることの出来ないあの味を、また楽しんでみたいものだと思う。
もしそれが叶わないのなら。
ちいさな瓶から、妙に甘くなってしまったグスベリのかけらをすくいとって、ぺろりと舐めてみるのも、一興だろうか。




おしまい



※「グスベリ」で画像検索すると、たくさん画像がヒットします。ぜひ見てみてくださいませ。


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