昨年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルに大規模攻撃を仕掛けてから、1年近くが経つ。当初は国際世論を味方につけていたイスラエルだが、ハマスの支配するパレスチナ自治区ガザ地区を爆撃する報復に出たことで、今や世界から非難を浴びている。長く両者が血を流し続けるイスラエル・パレスチナ問題の根源をたどる。※本稿は、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のメインキャスター、豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。
過去においてハマスによる攻撃やテロが
国際的な非難を浴びやすかったワケ
世界の反応について考えると、過去においてはハマスによる攻撃やテロの方が、イスラエル軍の攻撃よりも国際的な非難を浴びやすかったと思います。これはなぜでしょうか。
1つ目の理由は、イスラエルが、国際政治で最も影響力と発信力のあるアメリカと緊密な関係にあることでしょう。2つ目はイスラエル軍が国家の軍隊である一方、ハマスがそうではないことです。
イスラエルは民主的に統制された正規軍(イスラエル国防軍)が暴力を行使します。一方でパレスチナ人は国家を設立できておらず、また民主的な統制がないハマスなどの武装組織が暴力を行使しています。明らかな犯罪行為である民間人を標的にした自爆テロも行ってきました。
国際法などのルールに照らすと、イスラエル軍の攻撃は国家の武力行使なので国際法上はより正当化されやすい可能性があり、一方で国家の軍隊ではない武装組織ハマスの攻撃は、犯罪的と見なされる可能性が高いと言えます。
前者は暴力行使への民主的な監視と手続きが存在し、軍事法廷も含め結果への説明責任が果たされる余地があります。しかし、後者はそうした暴力の行使に対する抑制メカニズムがないと見なされ、批判を受けやすいのです。
しかし、発生する結果は同じです。イスラエル軍の攻撃もハマスの攻撃も、ともに無実の民間人を数多く殺害してきました。もちろん、10月7日のハマスによる殺人や拉致は重大犯罪であり処罰は必要です。
同じくイスラエル軍の民間人への攻撃と殺害も犯罪行為であり処罰が必要です。戦争には、攻撃の際は民間目標を避けるなど、かつて戦時国際法とも呼ばれた武力国際法(国際人道法)のルールがあり、2023年10月以降の状況はそれが守られているとは言えません。
こうした議論の場合は「どちらも悪い」などという雑多な結論ではなく、個別の殺人行為、個別の軍事行動、攻撃行為を細かく見ていくしか方法がありません。
この点については、事実上、機能する国家を設立できていないパレスチナ人側、つまりハマス側が説得力の面で劣勢にあると言えるでしょう。やはり国家を設立できたか、できなかったかで世界へのメッセージの発信力を含め政治的な優劣が出ています。
パレスチナの最大の支援者は
アラブ諸国ではない
ただ、2024年に入り、イスラエルへの批判が世界中でかつてない規模で広がった結果、パレスチナを国家として承認する動きも広がりました。2024年5月28日、スペイン、アイルランド、ノルウェーの欧州3カ国が、パレスチナを国家として正式承認したのです。
アイルランドはかつてイギリスと独立戦争を戦った歴史があり、独立国家になるための苦闘を経験した国でもあります。実はパレスチナ自治政府に対しては、これら3カ国が承認する前の時点でも、アラブ諸国やアフリカ諸国を含め世界の139カ国が既に国家として承認していました。
ただ、日本やアメリカ、イギリス、フランス、イタリアなど国際政治で影響力の大きいG7諸国は承認しておらず、パレスチナにとっては、これが大きな課題となっているのです。
では、パレスチナ人たちは誰かに頼れるのでしょうか。やはりアラブ諸国でしょうか。パレスチナの人々はアラブ諸国の資金援助に頼っていると思われがちですが、実はそうでもありません。アラブ国家の合計の支援金額は全体の20%程度に過ぎません。その大部分がサウジアラビアの9.9%とアラブ首長国連邦の5.2%です。
実は、1994年から2020年までのパレスチナ支援総額400億ドルのうち最大の支援者はヨーロッパ(EU)で全体の約18.9%です。次にアメリカの14.2%、日本は約2.9%となっています。軍事援助や政治的なスタンスではイスラエル寄りの姿勢が目立つアメリカですが、単独国家としては最大の資金を拠出しています。最大の支援者は欧米なのです。
なお、イランなどの武器支援は公式の統計にはほぼ出てこないので把握は困難ですが、少なくとも公式統計に出てくる支援国の上位にいないことは明らかです。
アラブ諸国に見捨てられた
状態のパレスチナ人
パレスチナの人々は心のどこかで、アラブ諸国は最後には頼りにならないことが分かっています。どの国の軍隊も戦闘能力は低く、ともに戦った過去4回の戦争は全て敗北しましたし、先ほど書いた通り資金援助の合計は欧米の方が多いのです。
そもそも、アラブ諸国はスンニ派のサウジアラビアとシーア派のイランを中心に対立しており、団結できていません。かつて「パレスチナ問題が解決するまではイスラエルは認めない」という“アラブの大義”を掲げ、対イスラエル戦争を戦った同胞のエジプトは、今やパレスチナ難民の流入を恐れて国境を封鎖してしまいました。
もともと、アラブ諸国の指導者たちは、自分の権力の維持こそが最も重要だと考えるリアリスト集団です。パレスチナ問題に関しては、パレスチナ人に同情する世論に配慮して一定の行動をとっているに過ぎません。
最大の資金援助国サウジアラビアも、去年までパレスチナ人の宿敵であるイスラエルとの国交正常化に動いていましたし、2020年にはパレスチナ自治政府への支援金を80%以上も削減しています。またUAE(アラブ首長国連邦)やバーレーンもイスラエルと国交を正常化し、パレスチナへの支援金を同じく削減したと見られています。
パレスチナ人にとって、もはや“アラブの大義”は失われ、アラブ諸国には見捨てられた、裏切られた状態だったのです。
過去にアラブ諸国の指導者でパレスチナ人の支持を集めたのが、イラクのサダム・フセイン大統領でした。イスラエルにスカッドミサイルを何発も打ち込み、パレスチナ人たちから「実際に行動を起こした」と称賛されました。
フセイン大統領といえば1990年に隣国クウェートに軍事侵攻したことで知られ、アメリカ主導の有志連合軍によって撃退され、最終的には2003年のイラク戦争後に殺害された独裁者です。そういう人物でも、パレスチナ人の一部は英雄だと考えていたのです。
実際、サダム・フセインのイスラエルへのミサイル発射が、欧米を含め他国にパレスチナ問題の解決を急がせ、その後の1993年のオスロ合意へと向かう要因になったとも指摘されています。
「何度も建国のチャンスはあったはず」
パレスチナ政府に対する批判も
この1993年のオスロ合意=パレスチナ暫定自治合意は、パレスチナに自治区を立ち上げ、いずれはパレスチナとイスラエルの2国家共存を目指すという合意でした。その後の中東和平の基礎となりました。
しかし、合意の当事者だったイスラエルのラビン首相は1995年、イスラエル国民で和平に反対するユダヤ人青年によって射殺されました。その後、2000年に後に首相となるアリエル・シャロンがイスラム教徒の聖地である岩のドームを訪問してパレスチナ人の怒りに火を付け、和平の流れは崩れていきました。
パレスチナ人から見れば、アラブ諸国は頼れず、イスラエル側は和平に本気ではないと結論付けざるを得ませんでした。
一方で、パレスチナ側への批判もあるでしょう。ハマスなどのテロ組織は、民間人を狙ったテロを何度も起こしてきました。民間人が乗るバスなどを自爆テロで爆破し、大勢の市民を殺害してきました。
確かに、1947年の国連決議ではアラブ国家の樹立も認められ、アラブやアフリカ諸国など多くの国がパレスチナ政府を国家として承認しています。
しかし、半世紀以上たった今も、パレスチナ人はG7諸国が認めるような、機能する国家を建設できていません。これはイスラエルが事実上、建国を認めず、妨害しているためですが、一方において、パレスチナ人たちも自分たちをうまく組織化できず、社会を統治できていないのです。「これまで何度も建国のチャンスはあったはずだ」との批判もあります。
パレスチナ自治政府の権力は腐敗しており、腐敗を除去する政治メカニズム、つまり、チェックアンドバランス機能を持っていません。カリスマ的指導者とされたPLOのヤーセル・アラファト議長の権力もかなり腐敗していたことが指摘され、後を継いだアッバス議長も、同じく腐敗や統治能力の欠如が批判されてきました。2006年以来、一度も選挙を実施していないため、パレスチナの人々の民意を代表していないという批判もあります。
イスラエルの「強者の論理」と
パレスチナ人の「弱者の論理」の対立
また、パレスチナ社会、つまりガザやヨルダン川西岸地区では言論の自由がないとの批判もあります。オスロ合意前後では、パレスチナには一定の言論の自由があったとされますが、近年はそうではなく、ハマスへの批判などはできない状態だったと言われます。
確かにこうした批判は一定の説得力を持つかもしれません。しかし、抑圧された人間集団に言論の自由などを要求することに何の意味があるのかとも考えてしまいます。様々な批判があるとしても「パレスチナ人がここまで苛烈な運命を背負わなければならないのか」という大きな疑問はやはり残ります。
一方的に土地を奪われ、爆弾と砲弾で家を破壊され、街を破壊され、家族を殺されなければならないのか、イスラエルの行為をそこまで許容するのか。そんな“再反論”も当然大きな説得力を持つわけです。
パレスチナ人たちは、ユダヤ人という組織力が強く、かつ強い生存本能を持った民族が「住みたい」と言った場所に、偶然、住んでいただけです。ただそれだけで、苛烈な運命を背負わされているのです。
ユダヤ人はかつて歴史的に迫害を受け続ける「弱者」とされてきましたが、今や、経済的・軍事的な「強者」になっています。つまり対立の根源は、強力な軍事力と経済力を持つイスラエルの「強者の論理」と、ゲリラ戦やテロ攻撃で報復するしかないパレスチナ人の「弱者の論理」の対立でもあるのです。
『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』 (KADOKAWA) 豊島晋作 著© ダイヤモンド・オンライン
確かに国際政治は「強者の論理」が支配する世界ですが、現代に生きる私たちが、それをただ肯定することはできません。日本としても当然すべきではないでしょう。これは綺麗事ではなく、もし日本より軍事力の大きな国が武力で日本の領土を奪った場合、それを認めることはできませんし、認めるべきではないからです。現代の国際秩序が壊れてしまうからです。
もし日本人がパレスチナ人のような状況に置かれたらどうするでしょうか。宗教に救いを求めずにいられるでしょうか。家族や子供を殺されて冷静でいられるでしょうか。
この問いに答えはありませんが、パレスチナの人々は多くが石を投げて抵抗し、イスラムの教えを拠り所にしました。
そして、イスラエル人たちがいるショッピングセンターで自爆ベルトを起爆させて散るようになりました。民間人に対する非道な攻撃、自爆テロをも行う人々が現れたのです。過激な手段をとる武装集団=ハマスの登場です。