茶 | 久蔵

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落語と歴史のブログ

宋から伝わった茶は薬用から嗜好飲料となり、高級茶碗などを見せびらかすような茶会になった

 

 

産地や銘柄を当て財産まで賭けるような闘茶が流行したという

 

ブランド志向やギャンブル依存はどの時代にも今の世にもあるが風紀が乱れたという、堺の富裕商人の中から真面目なおじさんが現われた

 

鎌倉時代末期の茶会


品のないアホなことはもう止めようと侘び茶を始めた、応仁の乱で京の都は荒廃し公家衆は跡形もなく消え町人による再開発が始まっていた

 

京は公家の都から公家に仕えていた商人や職人の町に変わった、祇園祭はこの頃再興したという

 



堺や京の自治都市に癒し空間を求める侘び茶が大流行した、利休が茶の湯を興した

 

一方遡り、大陸では元が宋の文化をことごとく破壊し日本に伝わった茶文化も消滅した、元寇の脅威は神風によって免れた

 


元を滅ぼした明の煎茶が西洋に伝わり紅茶となったが、抹茶という古い喫茶法は伝わりようもなかった

 

煎茶と紅茶は近世の世界に広がった

 

 

日本にも明治期、西洋から紅茶が入ってきた、すでに大陸から煎茶が、そして抹茶は日本の文化として近代日本にも継承されていた

抹茶が今日残っているのは日本が宋⇨元⇨明と代々大陸文化を忠実にたどってきたからなのだという

 


『西』が『東』の文化を受け入れた『茶』という嗜好飲料、毎日飲む習慣となった東西共通の茶は世界中に広まったという、一服しながら茶の歴史を知る