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広瀬蒼真のブログ

NeeD出張メンタリングの広瀬蒼真のブログです。
想いや考え、日常のブログを書いております。

マズローの欲求段階説は凄いと思う。
知らない方も多いと思いますので、簡単に説明します。

1生理的欲求(人間的)
2安心、安全の欲求(保守的)
3親和の欲求(仲間)
4自我の欲求(目標)
5自己実現(夢)

欲求にはこの5段階があると言われています。

例えとしてこれをサルで説明をします。
1サルはまずエサを探します。(生理的な欲求)
2エサを見つけたらそれを隠す場所を探します(安全の欲求)
3一人では守り切れないので、一緒に守ってくれる仲間を探します。
4仲間が出来たらそこでリーダーを目指し始めます。
5リーダーになったら、自分は跡継ぎを考えるように退いていきます。

この段取りは人間の仕事でも言える事で、
その人がどの段階にいるかによってアドバイスや注意を変える必要があります。
基本的には一つ上の段階を目指すべきと言われています。

例えば良くありがちな接客業の話。

ベテランのAさん)お客様が商品を買ってくれて初めてあなたに給料が支払えるんだからしっかり売ってください。会社の売り上げ伸ばす為にも頑張って。

新人のBさん)はい、かしこまりました。

Aさんは会社の為を持ってBさんを叱っています。恐らくこの時のAさんは5、もしくは4にいると思われます。
Bさんはまず仕事を覚えなくてはいけないので、1にいます。
1の人間に4,5の目線や目標を掲げても響きません。1が見える目線は2までしかありません。(あって3位)
入りたての新人に店の売り上げとか、お客様から給料もらっているという深みのあるコトバ、Bさんには全くと言って良い程響いてないでしょうね笑
仕事を覚えてもらうのが1だとしたら、2はより仕事が出来やすくするため合理的な考えや工夫を自分ですることを指すのかなと私は思っています。
どうすれば覚えた仕事をより実践的に、合理的に出来るかをアドバイスした方がBさんは覚えるのです。
また、それに対しての欲求が高まります。
結果、意欲があって成長します。
Bさんにお店の事考えろとか、うちは今後こういうビジョンで伸ばしていくとか、まだ早すぎるのです。

これは仕事以外の例でも言えることで、私が考える限りでは全ての人間関係にこれが当てはまるんじゃないかなと思っています。

今仕事をしている方が見ているブログかと思いますが、自分がどの段階にいるのか、また、周りはどの段階の人たちなのか、上司や部下はどの段階なのか、見極めてみると面白いかもしれません。
私は出会う人々これを考えてしまいます笑

このブログがあなたの日常に何か変化をもたらすきっかけになったら嬉しいです。

耳をすませば


NeeD出張メンタリングの広瀬蒼真です。

耳をすませばを久々に観ました!

しずくとせいじくんの純粋さは
大人になって見ると色々と心に響くことが多いなって思いました。

バイオリン作りがしたい!
小説を書きたい!

この〇〇したいを出来ない大人が多い中で、
子供はなんて純粋でまっすぐなんだろう。

とても素敵なことで、これが本来あるべき幸せの原点なんじゃないかなって思う。
そこには厳しい道のりも、責任も全て自分が背負わなくてはいけません。
でも、これをまっすぐに進める人はとても素敵な事だと思うし、
誰しもがこの権利を持っている。

私たちは大人は現実があり、その権利を放棄してしまいがちだけど、
大事な芯を改めて考えさせられました。

私も人を良くしたいという気持ちは今一番強く思う事。

みなさんにも今一番したいことを是非してほしいと思った今日この頃でした(・ω・)

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NeeD出張メンタリングの広瀬蒼真です。

『何がしたい』と『何故したいのか』

WhatWhy

この2つの凄さを皆さんご存知だろうか。
私はこの2つを仕事以外でも自分自身に対して向けて行う事が非常に多い。
それはこの2つを使う事で本質を知ることが出来るからだ。

例えば私の例で言います。
私は誰かにとって必要な存在でありたい、
そう思って仕事をしております。

当時の私は、
誰かにとって必要な存在ならとても良いことだ。
それ以外の理由は特には思い浮かばなかった。
私は何故そういう考えになったのか深くは考えたりしませんでした。
一概には言いきれませんが、ほとんどの人が同じようにここで理由が止まるんじゃないかなと思います。

必要な存在になる為には、
その人の感情に共感、
その人の考えなどを共有する必要があります。

例えば私と一緒にライブに行きたいと言っている人がいます。
私はその人と『楽しい』共感する必要があります。
『考え』(このアーティストは声が素晴らしいんだよね)など
その人が持っている情報や考え方を共有する必要があります。
楽しいも情報も共有出来たから、恐らくその人は私を誘ってくれたんだと思います。
いわゆるウマが合うといったものですね。

話を戻しますが、私は必要な存在になる為に、
共感したい(What)、共有したい(What)と思っています。
では何故(Why)それをしたいのか。
Why
をぶつけなければ最初の止まった理由のところで終わりだったかと思います。

私は昔から自分のことを話すことが苦手だ。
相手は共感してくれずに否定するんじゃないか、
本当は自分の話なんて興味ないんじゃないか、
そんなことを勝手に思いこみ、自分の感情を話さなくなりました。
とても寂しく、誰に対しても強がって、
好きじゃない自分、そんな辛かった自分がいました。

でも共感してくれた人、共有してくれた友人達がいました。
とても嬉しかった。
その友人たちは共感、共有が素晴らしいことを教えてくれた。


世の中にはまだまだ
私と同じような人がいるかもしれない、
その人は強がっているかもしれない、
もしかしたら感情を話せる環境に今いないのかもしれない。

でも私はその痛みを知っているからこそ共感、共有したい。
また、相手が感情を話してくれたり、喜んでくれたりするのが、
何より私は嬉しいのです。

結果として、
その人にとって必要な存在になることが出来たら私はこれ以上ない幸せです。

元々は『必要な存在になりたい』だけの目標が、
深堀Whyをしていくことでどんどん分かっていきました。
それを知ることで自信を持てるし、ぶれることが無くなる。
そして、何より自分のしたいこと(What)が見えてくる。

長くはなりましたが、皆さんも色々な目標や今の現状に少し疑問を抱いたら、
『何がしたい』(What)と『何故したいのか』Whyを使ってみて下さい。

このブログを読んで、
皆さんの日常に更なるプラスのきっかけになったら嬉しい限りです。

NeeD出張メンタリングの広瀬蒼真です。


もし生まれ変わったら何になりたいか。


こんなことを考えていた。


・ネコ
・サッカー選手
・プロダンサー
・神様


色々なことが思い浮かぶ・・・。

でも、いずれもそこまで本気じゃない事に気付く。
多分そこまでなりたいわけじゃないんだと思う。

自分がなりたいのは、

やっぱり自分だ。

そう仮定して考えると色々と納得がいく点が多い事に気付いた。

ネコになりたいのは何も考えず時間を過ごせるから。
これはいわば人間世界で言えば長期休暇のようなもの。
時間に縛られない時間を作ることが出来れば恐らく満足する気がする。

サッカー選手、
恐らくサッカーがものすごい上手ければ満足するような気がする。

ダンサー、
これも同じくダンスをやる機会があったら満足するような気がする。

神様、
決定権や自分の裁量が増えれば恐らく満足出来るような気がする。

全て自分の時間の工夫次第や、
成長次第で叶えられ、
いずれも自分だ。

他になりたいというのは隣の芝生が青く見えるのと一緒な気がする。


話変わるがあるニュースを見た。

ゲームが大好きで1日中ずっとやっていたいという男の話。
その男の人は仕事や予定やらで
どうやらゲームがそんなにやれないらしい。

実験として1週間、
誰にも会わず、
家に引きこもりゲームをずっとやるという事をしてみた。

最初の1、2日は楽しかったそうなのですが、
1週間終わって彼が放った言葉、

『友達と遊びたい』
『外に出たい』

だったそうです。

毎日簡単に行える2つの出来事をあたかも貴重のように話しました。
恐らくその時彼に何になりたいかを聞いたらこう答えるのではないでしょうか。

普通の人でいたい

話に戻りますが、なりたい自分はやはり自分なんじゃないだろうか。

勿論全てがそうとは言い切れないけど、
努力や成長で叶えられるものが多い。

私はそう思った。

彼もゲームが出来る位時間活用が出来れば、
きっと満足出来たんじゃないかな。
そして、少ない時間の中でゲームをやれること、
既にそこに幸せがちゃんと詰まっているんじゃないかな。

そのニュースを見て、私はそんな風に思いました。


あなたが生まれ変わるとしたら一体何になりたいですか?
そして、それは本当になりたいものですか?
それは自分の成長や努力次第で叶えられるものではありませんか?
このブログをきっかけに、自分にスポットを当てる機会が増えて頂ければ嬉しいです。

 

NeeD出張メンタリングの広瀬蒼真です。

カウンセリングという仕事に携わりながらも、私にも傷ついたり苦しくなることはある。

そしてその感情を浄化出来ない時がある。
どれだけ考えようとも、どれだけ人に頼ろうとも、ダメな時はダメだったりする。
そこで、私は一つの行動をいつも取っている事に気付く。

音楽を聴いている。
しかも決まって一番好きなケミストリーだ。

歌詞がどうこうではない。
この人達の歌を聞いたら落ち着くんだ。

でも、自分の無意識レベルでここにたどり着いた。

きっと

『落ち着かせてくれる』
『癒してくれる』

そう確信しているからだと思う。

音楽は逃げずにいつも私たちに何かをもたらしてくれる。
楽しさも悲しさも、場合によってはその曲が思い出になったりしている人もいることでしょう。

ただ、私が今回ここで伝えたいのは音楽が素晴らしいということではなく、

『いつもそこにある優しさや温もり』

これが人には大切だという事。

人によっては心のケアが

温泉の人もいるかもしれない。
カラオケかもしれない。
友人との食事かもしれない。
家族といるときかもしれない。

人にはそういったものが必要なんだと、
ケミストリーを聞いて気付かされた。

私も誰かにとってそういう存在でありたい。
その繋がりが友達や家族、恋人とかの名称ではなく、

『必要な人』

ただそれだけでいい。


ここで改めて伝えたい。

私は誰かにとって、
いつもそこにある
優しさや温もりのような存在でありたいと。