ボロボロになって帰ってきた元愛車 | ひきこもり、お遍路へゆくAmeba版

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自身のアルコール依存症や引きこもり、アダルトチルドレン問題により、生き方を見直す切っ掛けを手に入れ、その舞台に四国八十八ヶ所の遍路を選んだ男のブログ

昨日はブログを書いた後にとてもショックなことがあり、眠れませんでした。


以前、俺が新車で買い大切にしていたバイクを身内に売ったのですが、


それが悲惨な状態となって引き取ることになったのです…。




「嫁に処分しろと言われたからバイク王に売る」




突然の話に我が耳を疑いました。


一応このバイクはコロナ禍のバイク価格が異常なまでに高騰する真っ最中に「身内なら」と格安の10万で譲ったものです。


その時期に26万という安すぎる金額でのオファーもあったのですが、それを蹴って、そして値段を落としてまで『大切にしてくれるなら』と譲りました。


手離した以上、条件をつけるのは間違っていますが、相談もなく「バイク王に売る」という人間性を疑います。





俺はいつも人と見ている部分が違うと思います。


今回のことも普通ならバイクに関したトラブルと人は見るでしょうが、俺にとっては起きる事象や目に映るものはあくまでも切っ掛けに過ぎず、その人の人間性や心理を深く見てしまう。


以前から気にしていたこの人には本当に依存症者特有の人格の崩壊を感じました。


依存症とはあくまでも人格の崩壊の話であり、そこにアルコールを飲む量は殆んどの関係ありません。


もし、そこまでしてアルコールを飲む量が重要だというのならば、“薬物”を体内に入れるわけでもないのに激しく人格が崩壊するギャンブル依存症について俺に説明してください。




これは安く譲って貰ったのを高く売ろうとする転売と言われてもおかしくない最低な行為。


更に運悪くバイクブームが過ぎ去り中古車の在庫が溢れてしまっている今、相場は以前の安い状態に戻り、恐らく5万円もすればいいレベルへと落ちてます。




「なら俺が引き取るわ。殆んど乗ってないやろうから10万返せばいいけ?」


勝手に他人に手離す決意をする以前に一声欲しかった気持ちを抑えてそう言いました。


そもそも名義変更すらしてないまま(つまり俺名義)。




この俺の10万で譲ったものを同じ額で引き取る相手に対する“信用”とも言える言葉を飲み込むこととなるのはこの後の話。


バイクを手離してから約1年半年の間に2回しか乗っていないと聞いていたし、俺が売った後に知ったのは任意保険に入る気すらなかったという常識外れの考え。


そんな状態だから完全放電してしまったバッテリーで『さてどうして動かそうか…、嫁が怖い』と、


臭いものに蓋をする発想がバイク王などの簡単に引き取りに来てくれる業者を選ぶことになったのでしょうが、


俺はこのバイク王などの引き取り業者が自宅敷地内で「売ってくれるまで帰りません」となり、もう名前も聞きたくないほど嫌な思いをした経験があります。


それは置いといて、俺が持っているパルス充電器の救済処置で1日かけて生き返ったバッテリーと一緒に「ついでに引き取るわ」と持ち主の家に向かいますが、


衝撃を受けたのはその道中でしたね。


こんな衝撃的なことを耳にしたのはいつ以来でしょう。




「全くバイクに乗らなかったからガソリンをシュポシュポで抜いて車に移したからガソリンは入ってないよ」




「えっ…?」という話です。


それは決してガソリンが入っていないことに対してではなくて、


一応、整備士ともある人間の常識として、


乗らないバイクや車のガソリンは”満タンにしとけ”という当たり前のことすらこの人は知らなかったのです。


ガソリンを空にして放置されたガソリンタンクには当然錆が発生し、一度錆が発生してしまうとどうなるかは想像するに容易いことでしょう。


バイクを放置する上で絶対にやってはいけないことを堂々としていたのですよ…。


俺はこれが何よりも許せなくて、


1、そもそも何故常識のことと真逆のことをしたのか。


2、一応、世間から認められる(勿論嫌味)公務員という仕事に就いている人が経済的に困窮したわけでもないのに、何故ワザワザ車に移したのか。


3、そもそもガソリンという危険物をリスクを犯して抜いた発想が理解できない。




これが本当に許せなくて、許せなくて…。




その不信感を抑えながら、遂に元愛車との御対面です。



見るなり「えっ?」っと言葉を失いました。

酷く砂埃をかぶった状態に、全く洗車すらされていなかったことは分かり、遠くから見ても錆が目立ちます。

俺が一番気にするフロントフォークには目も当てられないほど大きくなった錆が沢山ついてます。


おいおい…、全くこんな状態だと想像すらしてなかった。

お前は確か、車とかバイクは綺麗にする人間だったよな?

だから10万で売ったものを10万で買い戻すと言ったのに…。

確かにアルコールがずっと止められなくて、最近、何するにも作業が荒く、雑で、後片付けまで出来ない集中力の欠如に、遂に依存症の影響を見ていたが…

こんなにするまで人格が変わってしまっていたのか…。

自分の経験と照らし会わしてもそう、人は精神的に病むと「あの人何か変わったよね」と、当然悪い意味で言われるほど人格が変わってしまうけど、

周りは気付くその変化に、そんな自分と毎日ずっと一緒である本人は気付くはずもなく「俺はおかしくない!」と否認する。

でも、確かに昔の俺のように、お前は変わってしまったよ…。

そんな自分を、あの時、俺を精神病院に閉じ込めたように、今、同じ状態となってしまった自分をどうやって観ることが出来るかい?


『こうして依存症者は少しずつ信用を失い、人が周りから去っていくのだ』と、

改めて自分に照らし返すと同時に、そこから回復を続けている今、亡き師匠から何度も聞かされた「断酒すると人が次々と頼ってくるようになる。信用されるようになる」と言う言葉が、正に今の俺の忙しさを表しているのだろう。


手離す前に交換した、いい値段のするチェーンも錆で見る影もなく…。


ごめんよ…、ごめんよ…とあの時、信用して手離した自分の判断を愛車に詫びながら、空気も抜けた愛車に股がって自宅に帰ってきました。



そこから23時まで緊急手術…。

少しでも早く手を打って、そして現状を確認しなくては…。

ここ数年で覚えた整備の知識を今、こいつに使う時なのかもしれないが、そんな綺麗事は言いたくない。

本当にショックで、1日経った今でもビーニャさんと凄く落ち込んでます。



我が家で産まれ育った子犬を、

欲しいと言う身内に譲り、

2年ぶりに見た姿は、

餌も与えられず、

風呂にも入れて貰えず、

病院にも連れていって貰えず、

『やっぱりいらない』と年末年始だけ燃え上がる断捨離なのか、

保健所に引き取って貰う間近の子を、

自宅に引き取り返した、そんな気分です…。



全てはあの時の俺の判断によるもの。

その責任を俺は受け入れないといけない。



母にこんな話をしたくなった。

俺はこの酒を断って11年間、沢山の人の話を聞いてきた。

そのなかにとても沢山の、

親が死ぬまで酒を飲み続けた後悔と、

そんな子供を置いてあの世に旅立つ親の心配を聞いてきた。

そして逆に、

親が旅立つその時に、酒を止めれていた自分に感謝する話も聞いてきた。

恐らく俺は母が旅立つその時、以前のような心配はさせないで済むだろう。

“一家のダメ”と言われている俺だけど、きっとそうなれると思っている。



しかし、他の兄弟はどうだろうか?



今がずっと続くという有り得ないこと(否認)を信じているのだろうか。

極度の肥満も、アルコール依存も、発達障がいの影も、共依存も。

今がずっと続くはずもない。

この世を旅立つ時、何を思って旅立つのだろうか。


今日は動揺しまくっていて、いつもに増して文書がクソだ。






必死に修理して、綺麗にして、これを糧にしてやる。