写真は津山線のキハ48系。
キハ47系首都圏色、通称タラコ。
建部駅駅舎。
 
17時38分の津山線津山行きがこの日(25日)のラスト。2両の気動車は高校生や通勤者、買い物帰りの人々で盛況です。
岡山近郊の住宅街を抜けると、緩い山間部に入ります。
 
やがて車窓右手に大きな川が。旭川です。
岡山県南部は、対岸の香川県同様降水量の少ないところですが、旭川、高梁川、そして吉井川といった大きな河川があるため水不足に悩まずに済んでいるそうです。
 
その旭川の蛇行に忠実に敷設されているため、津山線はかなりカーブが多く、車窓はいいのですがスピードは出せません。岡山と鳥取を結んだ津山線経由の急行「砂丘」が、智頭急行線経由の「スーパーいなば」にとって変わられたのも、こうして見ると頷けます。
 
しかし中国地方を走るローカル線の中では比較的沿線人口は多く、夕方の津山行きはなかなかの賑わいです。
ほとんどの列車が岡山~津山の通し運転と言うのが大きな特徴です。
 
18時半を回り、福渡という縁起の良い駅名の駅あたりから暗くなり始め、北半分の車窓は見られませんでした。これは織り込み済み。
明日また津山線で岡山に戻ることにしましょう。
 
19時08分、定刻に終点津山到着。
これで岡山県内のJR線完乗です
(^_^)v
 
25日の旅は津山で終了します。
 
駅前のホテルに投宿、翌朝津山広域バスセンターから今回の目的地、吉ヶ原へと向かいます
吉ヶ原には素晴らしい鉄道遺産とも言うべき風景があるんです
!(b^ー°)
 
 
 
写真は福山の駅弁、島めぐり。
快速サンライナー117系。
アコモはオリジナルのまま。
 
 
勝手ながら、8月上旬の東北北海道旅記事は一旦中断して、25・26日の岡山吉ヶ原紀行を続けたいと思います
 
 
三原からは再び山陽線に戻ります。
蒸機が客車を牽いていた時代、セノハチと呼ばれる急勾配区間を避けて、呉線経由で運転される列車もありました。
遠回りで単線なのですが、補機の連結が必要なかったのです。
 
その名残で、今でも海田市~三原間呉線を経由しても、山陽線経由の短い営業キロで運賃計算がなされます。
 
三原からはひと駅先の糸崎行きに乗り、糸崎から普通で福山へ。
福山で駅弁を買います。島めぐりという幕の内。小さなコラムにおかずが少しずつ、俵型のおにぎりが橋を表現しているようです。
 
福山からの快速サンライナーは117系ながら、品のあるサンライナー色ではなく、真っ黄色せっかくの117系が野暮ったく見えるので、これは止めてほしいものです
(≧ε≦)
オリジナルの薄茶色に濃茶帯が一番しっくり来るのにな。
 
ただし、内装は全盛期のままでした。ドアサイドのロングシート置換えもなく、全て転換クロス
快速専用車なのか!?
 
往年の110㎞/h運転はもう見られませんが、小駅を飛ばして走る姿に、京阪神のエースだった時代を思い起こす人は少なくないでしょう
( ̄∀ ̄)
 
岡山到着は17時35分。呉線回りだったため、小倉から9時間余りもかかりました。
次は初乗りの津山線に乗り換えです
 
 
 




写真は瀬戸内マリンビューの横顔。船の様な丸窓がポイント。

安浦付近の瀬戸内の車窓。牡蠣の養殖場です。

竹原駅の駅名表示。縦のラインは竹をイメージ!?
竹原はかぐや姫伝説の街として、町おこしのシンボルに竹を使っています。

須波付近の海水浴場。
忠海~須波間は車窓いっぱいに海が広がる絶景区間です
(⌒~⌒)