恋は二度目のアネモネ -9ページ目


暗幕のゲルニカを読み終えた。
広島に原爆が投下された今日、
戦争と平和について思う。


ピカソは、
最高にかっこいいクリエイターだ。
絵筆一本でファシズムと戦った。
言葉や武力じゃなく、
アートで戦争を痛烈に批判したのだ。
ゲルニカを見るとき、息がとまる。
戦争という愚かな行為そのものに対するアンチテーゼを、
こんなに鮮やかに世界中の人に伝えたピカソはすごい。



ピカソの絵で好きなのは、泣く女。



恋人のドラ・マールがモデル。
すばらしすぎる。
悲しみも怒りも悔しさも嫉妬も、
ぜんぶ見えてくる。

なんというドラマチック。
わたしも彼のキャンバスに閉じ込められたかったわ !


美と自由を愛することが、
意識することもなくそれらを当たり前に享受できることが、
それこそが平和だ。
でも日本人が自由かというと、
わたしはあまり自由ではないように感じる。

でも、
わたしは自由。
これからもなるべくとらわれずに、
人を愛して、
芸術と音楽と書物を愛して、
愛して愛して生きていこう。







食べているときは何も思わず、
それなりに美味しく食べたくせに、
食べログの評価が2.0だとわかった途端に
顔をしかめて美味しくなかったふりをするような奴がつくった音楽とか物語とか作品って何なんだ。
という話を、
お友達と恋人に話した。

お友達は、そんなやつはあまりいない
と言い、
恋人は、そんなやつは結構多い
と言った。
そしてお友達も恋人も、
タグで人を判断するようなやつはしょうもなくてださいと、
同じ結論を出した。
わたしももちろん、同感だ。


まっとうな心じゃないと、
まっとうなものはつくれないと、
わたしの尊敬する人は言っていた。
まっとうじゃなくても面白いものはあるけど、
しょうもないやつは、
結局しょうもないことしかできないのじゃないかなぁ。
毒づいてすっきりしたので、
この週末は楽しく過ごそう。
今からお祭り。


あなたを待つ駅のベンチで、
嘘も本当も、
発泡性の夏に溶かそう。























恋を失うと、
言葉を失ってしまう。
高度な感情には、
代償がつきものだ。

哀は言葉の源になるので、
大切に大切にしたい。
幸福ばかりじゃ、ばかになるの。
それは、
とてつもなく平和で贅沢な悩みだけれど、
わたしには、
才能だけで何かを生み出せるような、
そんな才能はないのだ。

きちんと喜んだり、きちんとかなしんだり、
そんな正しい女ではないけれど、
わたしだって、それなりに感情的だ。
でもほんとうは、
あなたのようになりたい。
いつだって飄々としていて、
ユーモラスなあなたのように。

あなたの発言には句点しかない。
読点だらけのわたしと違って、
あなたの言葉は、
雲のない満月のようなのだ。

手を繋いで、はぐれて、また繋いで。
明け方の、
夢と現の間にいるみたい。
現実的な現実よりも、
わたしは地に足つけずに、
夢のようにしていたい。
いつかきらきら消えてしまう、
愛おしい人生。




















きちんと朝に目覚めたときはそんなことないのに、
明け方に目がさめると、
頭の中に言葉がぐじゃぐじゃ溜まっていて、
怒りとか不満の感情が表になっている。

いま午前5時。
試しに、思いつくまま書いてみる。



わたしの好きな面白いおじさん、
養老孟司さんが仰っていたけれど、
“わからないから面白い”のに、
本に答えが書かれていなければ、
怒り出す人がいるらしい。

わからないことを自分なりに考えることに意義があるのでは、と思うけど
この国からは、
そんな発想も知性も感受性も失われて久しい。
だけど、
答えが書かれてある教科書で一様に勉強させられたのだから、
教科書以外の本を読んだり映画を観たりしない人間にとっては、
それが当然なのかもしれない。

この世には答えがあふれて、
わからないことがどんどんなくなってきている。
あふれてあふれて、
片っ端から覚えては、忘れていく。
否、覚える必要もない。
検索すれば、答えはいつでもそこにある。

考える葦であるのは一部の人だけで、
人間は、誰かが考えた答えを検索する葦だ。

そんなふうにしていたら、
答えのない問題がおきたとき、
いったいどうするんだろう。
子どもに、
なぜ殺人をしてはいけないのか。
幸福とは。
倫理とは。
ものごとの善悪とは何か。
そんなことを聞かれたときに、何と答えるんだろう。
本に答えが書かれていないと怒るのだろうか。

争いというのはいつだって、
真面目で、自分自身で物事を考えない人が引き起こす。
そしておそらく、
この国にはそういう人が多いのだ。
右へならえ
前へならえ。
こうですよ、こうしなさい、
が、大好きだ。
大人の社会で、
上司にきちんと聞いてからしか行動しない人が多くて驚いた。
あれしていいですか
これしていいですか。
いつまでたっても、小学校の教育がぬけないのね。
大人としてのお行儀の範疇なら何したっていいに決まってるだろ。
あほか。


わたしは自分の頭で物事を考えて、
自分なりの哲学を持って生きたい。
知識があっても、
哲学のない人間はつまらない。
誰かが決めた風潮にゆらゆら流されて、
あんなこと言われたこんなこと言われた
って、気にしてしまうのは、
あなたの頭の中が、稚拙でくだらないからだよ。

考える人であれ、と思う。



おやすみなさい。
すやすやすやすや












ピンクの泡の中で、
わたしたちの一瞬がとけて、はじける。
33歳になった。
後夜祭まである盛大な宴の合間に、
わたしたちはこの生に感謝をして、
一晩中ふざけて笑ったのだった。
遺伝子の最先端で、
わたしとあなたは、
2人にしか通じない言語で
思いやりと笑いの応酬をする。


本日はお友達と、
お昼から洞窟でレモンサワーを呑んだ。
わたしたちが話す内容は知的で過激だ。
現在のF1種や雄性不稔のこと、
国家の未来、
江戸幕府のこと、
理不尽な制度と税金、
幸福論、
見た目だけお洒落な野暮ったくてだっさい男についてや、
恋人の素晴らしさや、
出産した子どもの素晴らしさについて。

わたしたちは、
まぎれもなく当事者である。
やわらかいあなたの手を、
2人で過ごすこの平和な夜を、
わたしが守りたいのだ。

なんてアダルト。