


微力ながら私も身近なところから


- 人の言葉に傷つきやすい
- 相手のことを考えすぎる
- 人の目が気になる
- 「におい」や「音」に敏感
- 環境に左右されやすい
- 感情がアップダウンしがち
- 人混みが苦手
- 嫌いな人にすら自分のことを理解して欲しくて
ご機嫌をとろうとする - 大きな音にやたらビックリしてしまう
- アイデアの宝庫!




あなたの魅力や能力を引き出して
夢を叶えたり 望む人生を手に入れたりする
お手伝いをすること。
こんにちは さよです
私には長い間ずーっと握りしめていた
思い込みがあってですね。
学校でも何かのコミュニティでも
自分が属する集団の一番てっぺんにいる人や
目立ったり影響力の強そうな人には
気に入られなければいけない。
認められなければいけない。
そうじゃないと居心地が悪くて
不安で 怖くて 落ち着かなくて
ここにいてはいけないような
そんな気持ちになっていました
でも私がそう思えば思うほど
その “てっぺんにいる影響力の強い人” は
私を気に入ることはなくて
そっけなくされればされるほど
「私を見てよ!認めてよ!好きになってよ!」と
すがるような感情を持ってしまう自分が
ミジメに思えてもっと苦しくなっていました
心のことを学んでわかったのだけれど
私はその “てっぺんにいる影響力の強い人” に
自分のお母さんを重ねていたんです。
「私を見てよ!認めてよ!好きになってよ!」は
本当はお母さんに言いたかった言葉
だけど
思い込みは 気づいたら手放せるもの。
「思い込みの由来(お母さん)まで気づけたのだから
これで完全に手放せたはず!」と
私の気持ちはスッキリ軽くなったのでした
***
ところが。
ここ数か月というもの
一緒にコーチングを学んでいた同期たちの中で
目立つ人や影響力の強い人が気になって
他の人にはしているフィードバックが
私にはないとザワザワする、という
昔と同じような日々を送っていました。
「なんでなんで?
もう手放せたはずなのに」
お母さんに言いたかった言葉を復唱しても
もう涙は出てこない。
なのにまだ
“影響力の強い人” が気になるのはなぜだろう?
考える中でふと浮かんだのが
「お母さんにまつわる思い込みを手放したらダメ!
お母さんが可哀想!!」
そこからはセキを切ったように
お母さんにまつわる思い込みを手放すことは
お母さんを捨てることになる
お母さんを悲しませることになる
お母さんを裏切ることになる
罪悪感がこれでもか!と出てくる 出てくる
出し尽くした後
しばらくその罪悪感たちを眺めていたら
お母さんに悪いからって
ずっとギュッと握りしめていただなんて
私って結構いじらしかったんだな。と思えてきました
***
思い込みは気づいたら手放せるもの。
だけどもしあなたが
気づいたはずの思い込みを手放せていなかったら
「その思い込みを手放してはいけない」という
思い込みがないか
思い込みを手放すことで出てくる罪悪感はないか
とことん探ってみてくださいね。
“手放してはいけない思い込み” なんて
この世に何ひとつないのだから