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18歳で骨肉腫 ~ステージ4からの復活~

骨肉腫を乗り越えて回復に至るまでの道のり。

私は将来の夢や、やりたいことが無い。

それを周りの大人に言うと、

「夢を持て」「やりたいことないの?」と言われるけど

あんまりそんな気になれない。

 

夢が無いからといって

別に毎日を無駄に生きているわけじゃないし。

 

「夢が無い」の裏を返せば

「なんにでもなれる」だと思っている。

 

私の夢というか将来なりたいものは、

一人でも生きていける人

 

健康な体の人からしたら、そんなの普通じゃんと思うかもしれない。

普通にしていても生きていけるから。

私はめんどくさいけど、定期検診や服薬などしないといけないし、

足場が悪いと歩けないし、正直生きづらいです。

 

多分、夢を持つ余裕が無いのかなとも思う。

「とりあえず」目指したものに向け、目の前のことをやっていくので精一杯だ。

 

 

でも別の人に相談すると

「まだ二十歳でやりたいことが明確な人って少ないんじゃない?」

とか

「その時その時で、気持ちとか考え方って変わってくるし

夢が無いことを深く考えすぎることは無いと思うよ。

今はアンテナ張ってますぐらいで」

とアドバイスしてくれる大人もいる。

 

なので私も自分の気持ちに素直に生きていきたい。

夢は無いけど、やってみたいこと(行きたいお店に行くとか、

作ってみたい料理)から始めてみようと思う。

手の届くいうか、自分が考えられる範囲で行動して、

また他の進路が開けそうだったらそこを目指すみたいに。

 

気楽に気ままに時の流れに身を任せ、今はそんな感じでいいと思う。

それが自分の出した答えなら。

 

なんとなくやけど、

ご縁と巡り合わせで人生進んできたと思う。

 

出会おうとしたわけじゃないけど、

人と出会って

そこからまた人と出会ってという風に。

 

私の場合、大きな夢を持つと何をしていいか分からなくなり、

崩れてしまう傾向がある。

どちらかと言うと、直感とか運命的にそうなったことで

やっていったほうが、案外すんなりいく。

計算しない人生も楽しいです。

前回顔つきについて書いたけど、今回は表情について書こうと思う。

 

病気が発覚する前、

宅浪中で、K先生とメールで衝突ばかりしていた頃に電話で

「お前はスタイルは悪くないから、表情を良くするともっと良い感じになる」

みたいなことを言われた。

その時は、何を言っているのか分からなかった。

いつも怒られているのに、急に反対のことを言われても頭に入ってこなかった。

 

今なら表情の大切さが分かる気がする。

多分、病気になる前の私は暗い表情をしていたと思う。

中学・高校でも友達はいたけど、クラスの中では浮いていたし、

家も安らげる場所じゃ無かった。

どこにも居場所が無いというか、必要とされてない感がすごく感じた。

人間不信にもなっていた。

浜崎あゆみの歌詞を借りると、

「人を信じることって、いつか裏切られ、はねつけられることと同じと思っていたよ」

と同じ思いを抱えていた。

 

自分は悪いことをしてないのに、怒られたり否定されることが多かったように思う。

理不尽だなと思っても、反論するほうが後々めんどくさいことになるから

大人の前でも、自分の意見は言わないで聞き分けのいい子供でいた。

実際に、正論を言えばキレてくる大人の多いこと多いこと。

簡単に言うと、「人付き合い=我慢、忍耐のいること」のように思っていた。

 

だから病院で入院していたときに、他人に優しくされて戸惑ってしまった。

なぜ、こんな自分に優しくしてくれるのか不思議だった。

看護師さんは仕事だし普通のことでも、私にとっては優しくされたり

お世話されることが申し訳なかった。

 

否定されることに慣れてしまっていたのか、

優しさを素直に受け止めることが出来なくなっていた。

 

 

話は変わるけど、中学の卒業アルバムに、

デッサンを教えてくれていた先生2人にコメントを書いてもらった。

そのコメントどちらともに、笑顔を絶やすなと書いてあった。

「笑顔は一生のお化粧、あなたはそのままで美しい」

「あなたの穏やかな笑顔を見ているとホッとします」

と書いてあって、当時の私は言葉の意味は分かってないけど、

照れ臭い感じもしたし、ちょっと嬉しかった。

 

なんか学校とかでは、自分の容姿は否定されることが多かったけど、

環境が変われば、美人と言われることが多くなった。

年寄りに特に人気がある。同級生には気味悪がられるけど(笑)

 

色素が薄く、茶髪、色白、長身

その見た目のせいで、特に女子から嫌われやすい。

「調子のっとる」って言われても、生まれ持ったものだし、

なりたくてこんな容姿になったわけじゃない。

無いものねだりかもしれないけど、本当はもっと元気そうな

背の小さい女の子になりたかった。

芸能人で言うと、平愛梨のような感じ。

 

中学・高校のときのいじめ経験を思い返すと、

「いじめやすかったんでしょうな」と今ならそう思える。

自分で美人というと、自意識過剰に思われるからあんまり言いたくないけど、

きっとひがみ要素もあったと思う。

他の要素は、人前で話すのが苦手、KYだったりetc・・・。

群れて悪口のターゲットにしやすい人物が私だったみたいな。

実際いじめられても、言い返さんし、ナヨナヨしているから。

嫌だなと思っても、言い返すよりいじめてくる人たちと距離を置くことを選びたかった。

もっと言えば、相手したくない。

 

めっちゃ正直に言うと群れて無かったら攻撃してこんし、

むしろ親し気に話しかけてくるから、びっくりする。

「え?悪口言っていたよね」と内心思いつつ、都合良く扱われるのが私スタイルだ。

結局1人になりたくないんだという感じ。

いじめる側も気分屋なところあると思う。

その都度、態度変えてくるからマジで勘弁してほしいと思っていた。

 

ポジティブに考えると

そのいじめのおかげで、これから生きていく上での

人間模様を見る判断材料になったと思う。

人と交流するときに備え、自分が出来ることは表情を鍛えて、

無駄な争いをしない・関わらない・巻き込まれない

巻き込まれてもやんわり避けて、自分のペースを乱されないようにする。

新しい環境に行くと

すごく気を使ったり、早く馴染もうとして

逆に空回りしてしまう。

 

去年は、そんな感じで落ち着きのない一年だった。

図書館のカフェで週に一回3時間働き、社会に出る練習をし、

自動車学校を2か月間通い詰め、

公共の乗り物に乗れない自分の足代わりを見つけ、

リハビリを卒業し、ハーブ農園で大自然の中で働く

という形に収まった一年だった。

 

新しい環境ばかりに行ってわかったことは

みんな一緒。最初は慣れなくて、わからなくていい。

徐々に自分のペースを掴めばいいんだとわかった。

 

 

入院中もそうだったけど、今まで色んな人を見てきて

本当に十人十色だと思った。

 

合わん人とはどうやっても合わんし、その逆もある。

全員に好かれることはムリがあると分かったので、

出来るだけ他人に流されないようになりたい。

他の人がそうするから、自分もそうしようとか、

誰かではなく、自分で自分の行動に責任を持ちたい。

「こうあるべき」より「思ったことに素直」に立ち振る舞えたらいいな。

 

結局、自分で責任取るような生き方をしないと

納得のいく人生なんて送れない。

 

大変だったけど、自動車学校に行って良かったと思っている。

そこは自動車学校を、ごり押しした母に感謝だなと思う。

祖母は「ちょっとその体で自動車学校はムリなんじゃない」と言っていたし、

自分でも、病気後に学校に通える体なのか分からなかった。

久しぶりに健常者・同世代が多く居る所に行き

正直やりにくいというか、続けられるか不安だった。

今までは病院など、自分と同じように動けない人が居る所で、

サポートしてもらうことが普通だったから。

もちろん、階段は手すりを使ってゆっくりなので、

一番最後に教室を出るように、タイミングをずらすなどして

みんなの邪魔にならないように行動していた。

歩く速度もゆっくりだし、トイレも一階にしか様式がないなど

身体障害者にはキツかった。

 

人よりハンデはあったけど、覚悟もあった。

2か月で免許を取ったのも覚悟が他の人と違ったからだと思う。

テストに落ちたら、心身ともに後が無いというか

他の人みたいに、「落ちたらもう一回」が非常にめんどくさかった。

早くこの場からおさらばしたくて、必死だった。

最後は「やるしかない」と思って、筆記も実技も落ちずに合格できた。

なぜだか分からないけど、自信がついたのか、

免許を取った後、久しぶりの人に会うと、

背筋がシャンとしていると言われる。

 

それと自動車学校で、人の表情というか顔つきを見ていた。

同世代でも結婚していたり、小さい子供を連れている人がいて

素直に「たくましさ」を感じた。なんだろう、意識の違いかな。

そういう人は、授業とかでも先生に積極的に質問したり、

バスの運転手とも仲よさげに話していて、見ていてなんか良かった。

大学生や仕事をしている人、タバコを吸っている人、先生に反抗的な人、

同じ世代でも千差万別だった。

 

顔つきの話を掘り下げると、小学生の頃に

担任の先生に、アフリカかどこか戦争がある国の子供の写真を見せられた。

その写真の10歳ぐらいの男の子は、険しい顔つきで銃を持っていた。

先生が「明日も生きていられるか分からないから、目つきが違うよね」

みたいなことを言っていた。

その時の自分は、その写真を見せられてもなにも感じないというか

かわいそうとか大変そうしか思わなかった。

今思い返すと、その場その場の環境によって

人の顔つきって変わってくるのかなと思ったり。

私は戦争なんて非日常を、知らないし知りたくもないけど、

それが当たり前になっている子供が世界にいると思うと、

何とも言えない、やるせない気持ちになる。