十人十色 | 18歳で骨肉腫 ~ステージ4からの復活~

18歳で骨肉腫 ~ステージ4からの復活~

骨肉腫を乗り越えて回復に至るまでの道のり。

新しい環境に行くと

すごく気を使ったり、早く馴染もうとして

逆に空回りしてしまう。

 

去年は、そんな感じで落ち着きのない一年だった。

図書館のカフェで週に一回3時間働き、社会に出る練習をし、

自動車学校を2か月間通い詰め、

公共の乗り物に乗れない自分の足代わりを見つけ、

リハビリを卒業し、ハーブ農園で大自然の中で働く

という形に収まった一年だった。

 

新しい環境ばかりに行ってわかったことは

みんな一緒。最初は慣れなくて、わからなくていい。

徐々に自分のペースを掴めばいいんだとわかった。

 

 

入院中もそうだったけど、今まで色んな人を見てきて

本当に十人十色だと思った。

 

合わん人とはどうやっても合わんし、その逆もある。

全員に好かれることはムリがあると分かったので、

出来るだけ他人に流されないようになりたい。

他の人がそうするから、自分もそうしようとか、

誰かではなく、自分で自分の行動に責任を持ちたい。

「こうあるべき」より「思ったことに素直」に立ち振る舞えたらいいな。

 

結局、自分で責任取るような生き方をしないと

納得のいく人生なんて送れない。

 

大変だったけど、自動車学校に行って良かったと思っている。

そこは自動車学校を、ごり押しした母に感謝だなと思う。

祖母は「ちょっとその体で自動車学校はムリなんじゃない」と言っていたし、

自分でも、病気後に学校に通える体なのか分からなかった。

久しぶりに健常者・同世代が多く居る所に行き

正直やりにくいというか、続けられるか不安だった。

今までは病院など、自分と同じように動けない人が居る所で、

サポートしてもらうことが普通だったから。

もちろん、階段は手すりを使ってゆっくりなので、

一番最後に教室を出るように、タイミングをずらすなどして

みんなの邪魔にならないように行動していた。

歩く速度もゆっくりだし、トイレも一階にしか様式がないなど

身体障害者にはキツかった。

 

人よりハンデはあったけど、覚悟もあった。

2か月で免許を取ったのも覚悟が他の人と違ったからだと思う。

テストに落ちたら、心身ともに後が無いというか

他の人みたいに、「落ちたらもう一回」が非常にめんどくさかった。

早くこの場からおさらばしたくて、必死だった。

最後は「やるしかない」と思って、筆記も実技も落ちずに合格できた。

なぜだか分からないけど、自信がついたのか、

免許を取った後、久しぶりの人に会うと、

背筋がシャンとしていると言われる。

 

それと自動車学校で、人の表情というか顔つきを見ていた。

同世代でも結婚していたり、小さい子供を連れている人がいて

素直に「たくましさ」を感じた。なんだろう、意識の違いかな。

そういう人は、授業とかでも先生に積極的に質問したり、

バスの運転手とも仲よさげに話していて、見ていてなんか良かった。

大学生や仕事をしている人、タバコを吸っている人、先生に反抗的な人、

同じ世代でも千差万別だった。

 

顔つきの話を掘り下げると、小学生の頃に

担任の先生に、アフリカかどこか戦争がある国の子供の写真を見せられた。

その写真の10歳ぐらいの男の子は、険しい顔つきで銃を持っていた。

先生が「明日も生きていられるか分からないから、目つきが違うよね」

みたいなことを言っていた。

その時の自分は、その写真を見せられてもなにも感じないというか

かわいそうとか大変そうしか思わなかった。

今思い返すと、その場その場の環境によって

人の顔つきって変わってくるのかなと思ったり。

私は戦争なんて非日常を、知らないし知りたくもないけど、

それが当たり前になっている子供が世界にいると思うと、

何とも言えない、やるせない気持ちになる。