タイトルが「アルプス席の母」ではストーリーがいかにも固そうな感じです。
内容的には「アルプス席のおかん」とした方がピッタリ。
でも、そうできないわけがちゃんと書かれています。
母子家庭の母・菜々子と息子・航太郎が二人三脚となって、いろんなトラブルやアクシデント・困難を乗り越え、周りの人に支えながら甲子園へ出場するまでのストーリー。
と書けば定番のありふれた野球根性物と思いがちですが、本書は母親の視点で甲子園が描かれているのが斬新。
全然飽きずに読めて、とても面白い★4.8!
何が面白いかといえば、何といってもストーリーの意外性と登場人物への愛着と共感。
■ストーリーの意外性
読書するとき、私はその先の展開を予想しながら読むのですが、本書ではこの予想がほとんど外れ、「今度はそう来たか・・」という思いの連続。
いつしかこれが快感になりました。
作家さんはこんなストーリーをよく考えたものです。
また、伏線の張り方も絶妙で、以前の疑問がず~っと後になって説明されます。
母親の菜々子が抱いていた疑問を、読者も一緒になって納得するという手法。
お見事!
■登場人物への愛着と共感
(1)航太郎
小4のとき父・健夫を亡くした航太郎。
そんな状況にもめげずたくましく成長し、いまでは母親や友だちにさりげない気遣いができる、やさしい人柄。
反面、自分の意見や生き方・目標ははしっかり持っていて好印象。
チームのムードメーカーとしても活躍するなど、つくずく「いい奴だなぁ」と感心することしきりです。
(2)西岡宏美
航太郎の同級生・西岡蓮(ピッチャー)の母親で父母会の会長。
大阪のおばちゃんの特長である
①よく話す ②お節介好き ③図々しい ④フレンドリー
が実にうまく表現されています。
プライベートな日常は描かれていませんが、休みの日にはヒョウ柄の服を着て買い物していそうです。
(3)菜々子
航太郎が楽しく、悔いのない高校野球ができるように精一杯協力しサポートする姿は、同じ環境の親なら当然でしょう。
監督の弁当を作り、お茶当番、遠征先までのクルマ出し、父母会役員、寄付金集めなど、母子家庭だからと免除されることはないようです。
一方スタンドからの応援は本気モード。
ピンチのときは直視できずただ祈るばかりだったのが、航太郎が勝利に貢献したときは、涙を流しながらうれしさを爆発させます。
読者も一緒に応援している気持ちになり、力が入ります。
そんな菜々子の名シーン。
(1)監督に「もの申す」シーン
父兄から集めた400万円近いお金を寄付金として監督に渡すことが、父母会の毎年の恒例になっているとのこと。
2年生父母会の会計担当だった菜々子は、先輩会計担当者に同席し監督に渡します。
そのやりとりを茶番劇だと感じ、使途についての領収書も発行されない理不尽なお金だと感じていた菜々子が、監督に問いただすシーンは圧巻!
ハラハラどきどきします。
先輩担当者からは、「余計なことをいわないように」
とあれほど念押しされていたにも関わらず、言っちゃうんだものなぁ。
まるで「正直不動産」みたい。
(2)面識のない少年から航太郎のファンだと聞かされ号泣するシーン
焼き肉屋で食事中、たまたま隣の席に居合わせた4人家族。
その男の子と高校野球の話になり、航太郎のファンだと聞かされ、驚きと感動。
高校で部活動しているだけの子の名前を、初めて会った小学生の男の子が知っていたというエピソードはホロッとします。
(3)最後の夏の大会でベンチ入りメンバーに入るかどうか連絡待ちのシーン
菜々子と友だちの香澄は食事会の後、川沿いを散歩しながらそれぞれの息子が、甲子園につながる最後の大阪府大会のベンチ入りメンバーに選ばれるかどうかの結果を待っています。
そのとき、二人のスマホに同時に着信音。
仮にどちらかがメンバーに入れなくても「恨みっこなし」といいながら、上流側と下流側に別れて歩き出し、お互いが少し離れて結果を聞くシーン。
まるで映画のワンシーンのような、心に残る名場面です。
果たしてその結果は・・?
菜々子が航太郎と2人3脚で高校野球を頑張ってきて、今思うこと。
(1)人が生きると言うことは、物語とは違う。人生が閉じるワケじゃない以上、いまこの瞬間が終わりじゃない。
(2)悲しいフィナーレも、明るい結末もすべてひっくるめて、たどり着いた1つの場所が甲子園。
(3)人生がその後も続いていく以上は、やり残してはいけない。
(4)ほんのわずかでも「まだやれる」という思いがあるのなら、自ら道を閉ざしてはいけない。