ブックレビュー「破獄」 吉村昭 | ネコのひとり言
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吉村昭さん4冊目は「破獄」。
 
破獄とは脱獄と同じ意味で、タイトルどおり刑務所から脱獄する男・佐久間清太郎の、実話に基づいた物語です。
青森・秋田・網走・札幌刑務所を脱獄し、最後は府中刑務所で服役、昭和36年に仮出所後は山谷で骨身を惜しまず働いたそうです。
 
体力と頭脳もさることながら、境遇に恵まれずに育った佐久間の生い立ちなどを考えると、読んでいくうちに自然と同情と共感が芽生えてきます。
 
小説内でも、戦後の暗い世相の中で、人智をこえた方法で獄を破った佐久間の行動に、世間は一種の爽快感を感じ、英雄視する傾向も見られたと書いています。
 
ここで疑問に残るのは、せっかく脱獄したのになぜ何回も捕まったのか?ということです。
その答えが佐久間清太郎の人間的な部分なんだと思います。
 
 
そして、このことに気づいた府中刑務所長の鈴江の対応はみごとでした。
ほかの刑務所では脱獄を恐れ堅牢な独房に閉じこめ、中にはナット締めの手錠・足錠までして束縛するなど非人間的な対応をしたのとは対照的に、鈴江は佐久間を他の囚人と同じ扱いをすることにしたとのことです。
 
これが奏功して「なぜ、逃げんのだね。その気になれば、いつでも逃げられるだろう」という鈴江の問いに、佐久間に「もう疲れましたよ」と、言わしめたほどです。
府中刑務所での描写は秀逸で、この部分だけでも映画やドラマにできるくらいの感動的なシーンです。
NHKオンデマンドで見られます
 
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この小説は、戦中戦後の刑務所の内実を明らかにしたという点でも、とても希有な存在です。
何と言っても、一般庶民の主食が1日2合ちょっとだったのに対し、刑務所では常に6合だったといいますから驚きです。
何でそんなに優遇されるの?って感じです。
看守員の食事の方が貧相なこともあり、囚人の食事に手をつけた看守員が懲戒処分を受けたこともあったそうです。
しかし、戦争が激しくなってくると主食では囚人の方がよくても副食物が貧相だったため、栄養失調による死亡率では一般人より高かったとのことです。
 
また、米軍が上陸した沖縄戦では、看守員が大勢の囚人たちを引き連れながら戦ったそうです。
普通に考えれば、囚人なんか真っ先に戦地に送ればいいのに・・って思いますが、そうじゃなかったんですね。
そうでなければ全員釈放してもよかったんでは・・とも思います。
なぜそれほどまでして囚人の命を守ったんでしょう?あまりに律儀すぎないでしょうか?
 
刑務所の歴史を通して戦争の悲惨さなども訴える、読み応えのある作品でした。
★3.5
 
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