写真に写った見えないソレに恋をしました。
(掴めているようで何もつかめていないのです、あなたのことを。
これは実体があろうとなかろうと、触れることができようと出来なかろうと、有り得ることです。)
僕は毎日あなたを探し歩きます。
(それこそ亡霊みたいにね。)
写真は燃やされてしまいました。
(そう、なんとも情けないことに僕はあなたからのラブレターを守り切れなかったのです。)
それでも僕にはわかっています。
あなたに逢えば絶対僕は気付けます、あなたに。
(見えなくたってわかるんです。
皮膚が、感覚が、しっかりとあなたに反応するはず。)
その空気だけで、絶対に気付けるはずなんです。
結局のところオチとしては、
ずっとあなたに憑いてましたよってお話し。
それこそ実体があろうとなかろうと、
傍にいるのに気付けないことやすれ違うことはあるわけで、
だったら一番大事なことは見えるか見えないかではなくて、
第六感や、感性の問題なんじゃなかろうか。
どれだけ相手のことをとらえることができるか、
一人の人間に対して沈んでいくことができるのか、
そういう部分が大事になってくるんじゃなかろうか。
違う違う、そんなんわかりきってるのに。
それでもずれるこの感覚。
わかったフリでしかなくなってしまう悲しさ。
平行線の切なさといったら、もう。
ずっと傍にいるのに、それでも気付いてもらえなかった"あなた"はどう思っただろう。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
あの時結局手を離したのは怖かったからだし、
その恐怖に打ち勝てるようにならなくちゃいけないと思ってるし、
怖い怖いってそれだけじゃ、もう何も掴めないこともよくわかったんだよ。
尻尾まいて散々逃げてたのは私で、
怖い怖いって逃げようとするあなたのその尻尾を、
絶対に離してはならないとわかっているのに、
わかっていないのに、
じゃあどうしてこうなった。
むしろどうしてわかってくれないんだ。
こんなに大事にしてるのに。
そんなの傲慢過ぎる。我儘だ。
何も言わなくてもわかってくれなんて、気持ち悪い。
以心伝心なんて嘘なんだから。
そんな美徳は捨てちまえ。
伝えるために言葉があるんだ。
大事な物を、大事に出来るようになる。