クラシック 珠玉の名盤たち

  ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調

Ne-dutch

今はウィーン市の一部となっているハイリゲンシュタット。神聖な(heiligen)街(stadt)という意味のこの地は、ベートーヴェンが遺書を書いたことが与える暗いイメージとは反対に、ブドウ畑と温泉が広がる風光明媚な保養地とのこと。ウィーンの中心地から約5kmという地の利から、ベートーヴェンは、耳の治療も兼ねてたびたび滞在した。交響曲第2番は、音楽家としては致命的な難聴が悪化し始めた時期に作曲が進められたが、苦悩とは無縁の明るい雰囲気の曲となったのは、ハイリゲンシュタットの自然に、優しく包まれたからであろう。

地味な印象を受ける第2番の特徴は、序奏(第1楽章)とコーダ(第4楽章)の拡大と複雑化。オーケストレーションも一層華やかになり、当時は「気をてらい過ぎ」との批判もあったほど。ベートーヴェンは「古典派」と「ロマン派」の架け橋のような存在だが、第2楽章はロマン派そのもの。第3楽章は、第1番のときとは違い、堂々とスケルツォと明記しているが、これはベートーヴェンの自信の表れであろう。

この曲は、当時のベートーヴェンのパトロンの一人、リヒノフスキー侯爵に献呈された。侯爵はベートーヴェンがウィーンに来たときから支援し続け、一時は屋敷内に住まわせディナーも一緒にしていたほどだったが、1806年、侯爵の尊大な態度に嫌気をさしたベートーヴェンは喧嘩別れをすることになる。ちなみにリヒノフスキー侯爵は、モーツァルトの間でも金銭トラブルを起こしている。

初演は1803年。アン・デア・ウィーン劇場で行われたことに注目したい。この劇場は、1801年に、「魔笛」の台本作家として有名なシカネーダーによって開設された市民劇場なのだ。ベートーヴェンの音楽が一般市民に受け入れられたことの証左となる。ちなみに、第1番の初演が行われたブルク劇場は宮廷劇場。


● 聴き比べ

第1位:朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団 1997年

朝比奈は、ベートーヴェンの第2番が偉大な曲であることを証明してくれる。第1楽章の序奏部から朝比奈節全開である。主部に入るとさらに勢いを増し、展開部の充実ぶりに興奮する。第2楽章は音の厚みが半端なく、第3楽章のスケルツォも堂に入っている。極めつけは第4楽章。当時の音楽としては豪華すぎる形式のフィナーレを最高の演出で盛り立ててくれる。いやはや贅の限りをつくした名演に感激しきり。


第2位:ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団 1959年

ワルターのベートーヴェン交響曲全集は、偶数番の評価が高く、その中でも緩徐楽章が優れている。第2番の第2楽章は異常なほどに遅い。それだけに、ワルターの甘いロマンティシズムに溢れた名演となった。あまりの遅さ故に、後半に現れる低弦が映える。そして他の楽章は、テンポを通常時に戻し、快活さと重厚さをバランスよく味あわせてくれる。ところで、この盤の収録順に異議あり。第1番と第2番の間にコリオラン序曲が入っているのだ。序曲は最初か最後にして欲しい。


第3位:ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団 1964年

ワルター同様、セルの全集も、偶数番で真価を発揮するが、第2番の演奏は中でも1、2を争う名演と言える。特別なことは何もしていないのに、地味なこの曲を輝かせる。一体どんな仕掛けがあるのであろうか。


第4位:カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1980年

ベーム/ウィーンフィルの最後の来日時のライブ盤。ベートーヴェンの交響曲第2番と第7番という、この豪華な公演はチケットを買おうかかなり悩んで、結局行かなかったことを、今でも後悔している。高校生にとっては高額だったことに加え、会場となった昭和女子大学人見記念講堂が、「何それ?」という感じだったこともあった。次に来日したときに行こうと思ったのだが、ついにその機会は訪れなかった。昭和天皇とカール・ベームは死なないと思っていた当時の自分に教えてあげたい。もっとも、首尾よくチケットを購入できたかどうかはわからないが… いずれにせよ、この録音をCDにしてくれたのは本当にありがたい。Altusさんに感謝。


第5位:カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年

ライヴでこそ真価を発揮すると言われるベームなので、1980年の東京公演盤の方が優れていることは間違いない。しかし、第1楽章は、この全集盤の方に軍配を上げる。8年の歳月を経ても基本的な造形は変わっていない。驚くべきことに第2〜4楽章のテンポはほぼ同じだが、第1楽章は1分ほど、この全集盤の方が速い。エンジン全開の冒頭と言い、溌剌とした精気みなぎる演奏に、全盛期のベームの偉大さを再認識する。


第6位:アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団 1949、1951年

何かにせき立てられているかのように疾走する第2番。これが80歳を超えた老巨匠の演奏だと誰が信じられようか。第2楽章に入ってもテンポは変わらない。気魄みなぎる若々しさを保ったまま、最後まで駆け抜ける。モノラル録音であることも全く気にならない。トスカニーニ恐るべし…


第7位:カルロ・マリア・ジュリーニ/ミラノスカラ座管弦楽団 1991年

ベートーヴェンの交響曲の聴き比べをしていて、ジュリーニ/スカラ座の第2、6、8番を持っていないことに気がついた。昔からジュリーニのLP・CDはくまなくチェックしていたのに、どうしたことか。おそらく奇数番があれば十分と思ったのであろう。おかげてこの歳になってジュリーニの「新曲」を聴くことになった。一体どんな演奏なのか、期待に胸を踊らせ針を下ろす…もといボタンを押す(何だかこの表現は味気ない…)。ジュリーニらしいゆったりとしたテンポと、アクセントの効いた心地良いサウンドは、第2番の特徴を十二分に引き出した完璧な演奏。やはりというべきか、第2楽章は美の極致。Bellissimo!


第8位:アンドレ・クリュイタンス/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1959年

クリュイタンスは不思議な指揮者である。重厚かつ軽快という二律背反をあっさりと実現してしまう。第1楽章は序奏と主部の対比がすばらしい。第2楽章は、これが本当にベルリン・フィルなのかと思うほど優雅で繊細なアンサンブルに魅了される。シャープな切れ味の第3楽章を経て、第4楽章でも最後まで緊張感を欠くことなく見事な統率力のもと、全曲を締めくくる。


第9位:ヨーゼフ・カイルベルト/バンベルク交響楽団 1958年

第2番の魅力を十分すぎるほど引き出した名演。特に金管の使い方がうまく、第1楽章のコーダのトランペットは感動的だ。第2楽章は淡々としていながら、味わい深く、陰影の付け方はまさに名人芸。愉しく快活なスケルツォも、トリオをやや重めにするなど、要所要所をしっかり押さえた演奏。終楽章も、小気味良い弦楽器と趣きのある木管が、効果的な金管と絶妙なバランスを保ちながら、感動的に曲を閉じる。


第10位:ルドルフ・ケンペ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年

カイルベルトと同様に、ケンペの演奏も、一分の隙もない。格調の高さと重厚感を兼ね備えた名演だ。くっきりとした輪郭のもと、鮮やかに音を組み立てていく。ケンペらしさが最も表れているのは第2楽章。ただ美しいというのでなく、陰影の付け方が見事。第3楽章は、主部だけでなく、トリオも快速性を維持しているところが面白い。終楽章のコーダで、少しだけ変化を見せるところも心地良い。

to be continued