クラシック 珠玉の名盤たち

  ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調

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第4番の副題は「ロマンティック」というが、日本語のロマンティックとはニュアンスが違う。この語は本来、「空想的な」「情緒的な」という意味で、ブルックナーは、この曲は標題音楽ではないが、と断りながら、各楽章のイメージとなる情景を書き留めている。また、ブルックナーの交響曲の特徴であるブルックナー開始、ブルックナーユニゾン、ブルックナー休止、ブルックナーリズムをふんだんに盛り込んでいることも、第4番の魅力であろう。全体的に親しみやすく、やや軽い印象があるが、第4楽章は、幸福感と絶望感が交差する味わい深い作品である。

1874年に完成した第1稿の初演はウィーン・フィルに拒否され、長く演奏の機会は訪れないまま、ようやく1881年に、ブルックナーの理解者ハンス・リヒター指揮のもと第2稿の初演が行われ、大成功を収める(リヒター指揮のブルックナー演奏は、これが最初か)。これ以後、名指揮者リヒターによるブルックナー演奏は悉く成功し、ブルックナー人気は不動のものとなる。

● 版の種類
①1874年稿 第1稿 ノヴァーク版
②1874年稿 第1稿 シャラー版
③1878/1880年稿 第2稿 ハース版
④1878/1880年稿 第2稿 ノヴァーク版
⑤1888年稿 第3稿 コーストヴェット版
⑥1888年稿 第3稿 改訂版

1874年に第1稿が完成、1878年に第3楽章をそっくり別の曲「狩のスケルツォ」に置き換え、第4楽章を改訂。この楽章は「民衆の祭」と言われ、独立して演奏されることもある。1880年にこの第4楽章を大幅に書き換え、これが第2稿(1878/1880年稿)である。1880年稿を第3稿と呼ぶ人もいる。前述のように、第1稿の演奏はウィーンフィルに拒否されたが、この第2稿の初演は、宿敵ハンスリックも認めるほどの大成功となる。現在演奏されるのはほとんど第2稿で、ハース版とノヴァーク版があり、オーケストレーションに相違があるものの、どちらが良いかは好みによる。ハース版は、第3楽章トリオの冒頭がオーボエとクラリネット。第4楽章最後の第1楽章第1主題の回想が複数楽器。ノヴァーク版は、第3楽章トリオ冒頭がフルートとクラリネット。第4楽章最後の第1楽章第1主題の回想がホルン。実は、ブルックナーは1886年にも改訂しており、ノヴァークはこの改訂箇所を採用している。1886年稿(第2稿)とした方がわかりやすかったのだが、ノヴァーク本人が1878/1880年稿( 第2稿)としているので仕方ない。
1888年に、ブルックナー監修のもとレーヴェとシャルク兄弟が改訂したのが第3稿(改訂版)。第4楽章再現部で第1主題をカット。第4楽章でシンバルを使用。弟子による改訂箇所を元に戻したのが第3稿コーストヴェット版。この版は、国際ブルックナー協会から出版され、第3稿の原典版的な位置づけで、オーケストレーションの若干の相違はあるものの、改訂版との違いはわずか。

● 聴き比べ
第1位:カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団〈第2稿 ノヴァーク版〉1973年
第4番のベスト盤はレコードアカデミー賞を受賞したこのCDで決まり。完璧な演奏で、深みのあまりない第4番を感動的に聴かせてくれる。ベームのブルックナーは本当にすばらしい。にもかかわらず、ステレオ録音は3、4、7、8番のみ、しかもスタジオ録音はそれぞれ一つずつ。これは一体どうしたことか。録音が1回ずつなのはわかる。これを超える演奏はできないと思ったのであろう。第5番は戦前にシュターツカペレ・ドレスデンを振った録音があるのだから、せめて第5番だけでもウィーンフィルとのステレオ録音を遺して欲しかった。

第2位:朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団〈第2稿 ハース版〉2000年
朝比奈の第4番はメジャーレーベルだけでも5種類あるが、2000年に録音したこの盤が一番優れている。宇野功芳氏も指摘しているが、第4楽章の展開部で、第2主題第2楽句を、ブルックナー指定の「下げ弓」で重厚感たっぷりに弾くところは印象的である。ボウイングはコンサートマスターが指示するものだが、作曲者がわざわざ指定した意図を十分に表している。朝比奈が、その死の前年から録音を始めたExton盤は全集の完成が叶わなかったが、主力とも言える4、5、7、8、9番を遺してくれたのは本当にありがたい。どれもがインテンポで透明感のある純粋で静謐な演奏で、朝比奈が最期に悟った境地を我々に示してくれたようで、心を打たれる。

第3位:ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団〈第2稿 ノヴァーク版〉1960年
なるほど、ワルターが「ロマンティック」を振るとこうなるのか。第1楽章第1主題から金管が全開で、まさにアメリカ的。第2主題も甘えることなく力強く、第3主題までの流れが非常にスムーズ。提示部の終盤、低弦のずしんとした響きは格別。続く第2楽章はアダージョとはいえ、推しの強さは変わらない。勇壮な第3楽章は、目の前で狩りが行われているよう。そして明るすぎるという批判もあるこの演奏の特徴を最も良く表しているのが終楽章。ブルックナーで晴れやかな気分になれる唯一の演奏と言える。

第4位:フランツ・コンヴィチュニー/ウィーン交響楽団〈第2稿 ノヴァーク版〉1961年
冒頭の弦のさざ波はゾクゾクする。コンヴィチュニーらしい、堂々とした重厚感あふれる演奏で、全然ロマンティック(おっとこれは日本語の方のロマンティックの意味)ではない。全体的にテンポ良く、快活な印象だが、さすがにフィナーレは感動的な仕上がりとなっている。ウィーン響との競演だが、しばらくの間ゲヴァントハウス管と表記されていた。これは、原盤が入っていた箱にオケの記載がなく、オイロディスク(当時は西ドイツの4大レーベルの一つ)の担当者が、5番、7番と同じゲヴァントハウス管だろうと勘違いして、LP3枚組で売り出したため。録音は、ノイズや欠落が気にはなるが、仕方ないだろう。

第5位:ギュンター・ヴァント/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団〈第2稿 ハース版〉1998年
「世界最高のオーケストラ」、ヴァントはベルリン・フィルをこう讃えていたが、この演奏を聴くと両者の相性が完璧であることを確信する。相変わらずリハーサルは長かったそうだが、恐らく細かい指示はほとんど出さなかったのではないか(これは想像)。ベルリン・フィルは指揮者の意図を瞬時に読み取り、最高の形で体現する。ヴァントはイライラすることはなかったのであろう。ヴァントとベルリン・フィルによるブルックナーは、4、5、7、8、9番で、残念ながら全集は存在しない。ヴァントとベルリン・フィルの第1番、聴いてみたかった… さて第4番、この曲は何と言っても終楽章で真価が問われる。そしてヴァントとベルリン・フィルによる終楽章は本当に素晴らしい。展開部は不気味な出だしの後、光が差し込み、叙情豊かな第2主題、一転して怒涛のフォルティシモ、そして静寂と、感情の起伏が目まぐるしく変わるが、常にたっぷりとしたテンポで自然に流れていく。コーダに至る前の深遠さは比類がない。最終稿に執着するヴァントは、この曲も例外ではなく、ハース版を使いながらも、一部、ノヴァーク版から最後の改訂箇所を採用しているところに、こだわりが感じられる。

第6位:若杉弘/NHK交響楽団〈第2稿 ノヴァーク版〉1997年
煌めくような弦のトレモロと息の長いホルン。若杉の作り出す第4番の世界観に魅了される。終楽章は雄大そのもので、荒ぶることなくスマートさに徹する姿勢は好感を持てる。全曲を通じてバランス感のある充実した演奏に第4番の魅力を再認識。

第7位:朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団〈第2稿 ハース版〉1993年
朝比奈らしい無骨なロマンティック。雄弁に語るホルンに、厚みのある弦が応える。第1楽章の第1主題を聴くだけで、名演であることを確信する。第2楽章と第3楽章は、やや平板な印象を受けるが、フィナーレは秀逸。壮麗な第1主題と逍遥とした足取りの第2主題のコントラストがすばらしく、続く迫真の第3主題が映える。ところでこの盤が面白いのは、大阪フィルハーモニーホール、サントリーホール、大宮ソニックシティでの4日間の演奏を継ぎはぎしていること。ライブ盤は最も良い演奏をミックスすることはよくあることだが、3つの会場で行われた4日間の演奏のミックス盤というのは珍しい。残念なのは、2回目の全集の中で、なぜかこの盤だけ、解説が宇野功芳氏ではないこと。

第8位:クルト・ザンデルリンク/バイエルン放送交響楽団〈第2稿 ハース版〉1994年
スケールの大きいドイツ的な演奏ながら、優しさと暖かさも兼ね備えた名演。テンポの揺らしと音の増幅が絶妙。ライナーノーツに「ヴァント/ミュンヘン・フィル盤と双璧であろう」とあるが、正にそのとおりであろう。正規録音でないにもかかわらず音質も上等。

第9位:ギュンター・ヴァント/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団〈第2稿 ハース版〉2001年
2つの世紀にわたった最高のブルックナー指揮者ヴァント、この偉大な英雄の喪失を半年前に控えたガスタイクでの名演。円熟味がいっそう増し、まろやかさも感じられるが、ここはさすがにヴァント、要所は、きりりと引き締まった味のある演奏である。タイムは3年前のベルリン・フィル盤より4分以上長くなっている。どの楽章も延びていたので、計算してみたところ、第1楽章1.06倍、第2楽章1.04倍、第3楽章1.07倍、第4楽章1.07倍とほぼ同じ割合で遅くなっている。さらに驚いたことに、1か月後の北ドイツ放送響盤と、各楽章ともほぼ同じタイムなのだ。最期に到達した理想的なテンポなのであろうが、これ程正確に時を刻むヴァントの頭の中は一体どうなっているのか。

第10位:オイゲン・ヨッフム/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団〈第2稿 ノヴァーク版〉1965年
躍動感あふれるロマンティック。第1楽章は、提示部第3主題での低弦の出現、展開部の終わりでの強奏、コーダの溌剌とした金管が聴きどころ。終楽章は、提示部最後のシンバルに戸惑うが、緩急のつけ方が見事。聴いていて愉しくなる演奏である。
to be continued