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maple8cinnamonのブログ

メープル・エイト・シナモンです。
テレビやWebで見たことをキッカケに、ふと昔のことを思い出したり、
今、自分のすべきことを思い付いたりする年金暮らしの日々。
お暇な方だけお付き合いいただければ幸いです。

今よりいくらか景気がマシな時代、アメリカから何社ものファストフードブランドが日本市場進出を試みては、その度に撤退していった。

その中で、ネット上でも時々名前が挙がるのが「エル・ポヨ・ロコ」。

90年代、仕事漬けで家族と食事できるのは週末ぐらいだったので、一週間分の買物とその日のおかずを仕入れに車で出かけるのが恒例だった。

その頃、時々ご馳走として利用していたのが当店のロティサリーチキンだった。
当時、子供がまだ小さくて別メニューを食べていた頃、晩飯のおかずは夫婦のおつまみ的なものを中心にしていた。
今、思えば短くも贅沢な時代だったのだ。

そして、もう一つ。

これはネット上でもまったく見つからない。

あれは1975年のことだ。

港区芝大門の今のマクドナルド大門店の辺りに、かつて「ゴールデン・スキリット」というフライドチキンの店があった。
当時はインターネットなど無かったので、車で走っていたら偶然見つけて立ち寄った。
既に日本でもメジャーだったケンタッキーとは明らかに違う食感で私は一口食べただけで大いに気に入った。
ケンタッキー上陸初期の当時は、食感が今より湿っぽくてオイリーな感じだったのだ。それに比べるとカラッと揚がって、フライドチキンとはこうあるべきと感じた。
その時の大きな納得と小さな感激を覚えている。

しかし、その後「ゴールデン・スキリット」は出店を続けることが出来ず、私も3回程しか食べる機会を得ぬまま、いつの間にか消えて無くなってしまった。
当時の私の地元の谷中周辺や下町の人間関係では馴染みのないエリアだったこともあって、未だ誰にも語られたことはない。
私が実際に都内の店舗でケッタッキーとはまったく違う美味しさ・香りを持ったフライドチキンを食べた事実を誰とも共有できないまま、今となってはすべて無かったこと同然だ。

ただ、老いぼれの私には検証不可能だが、ひとつだけこの店の存在証明を期待できる手掛かりがある。
当時若者に絶大の人気を誇っていた平凡出版(現・マガジンハウス)の『ポパイ』である。
インターネットの無い時代、アメリカ(特に西海岸)への憧れが強かった若者達にアメリカ発信の商品・サービス・風俗・社会現象を敏感に紹介していたのがこの媒体である。
「ゴールデン・スキリット」のように結果が出せなかった企業ブランドでも進出時には小まめに取り上げている。当時大抵の初耳はポパイからだった。
おそらくさすがの「ゴールデン・スキリット」もこの当時の「若者のバイブル」の誌面を一度は賑わしたはずだ。でもそれは証明できない。

ただ、あの貴重な食体験から40年以上経った今、私は今の私でも出来ることをしてみた。
アメリカの「ゴールデン・スキリット」のサイトを発見した。

http://goldenskilletofvirginia.com/

これだ。
どうやら、アメリカでも大きな成功は収めていない様子。

再会は永遠に果たせないのだろう。

 

このCMを見ていると、民主党政権時代を思い出してしまう…。(苦笑)

 

有村架純ちゃんと柳楽優弥君が出演しているWOWOWのCMは、今やすっかりシリーズとして定着してきているが、この夏放送されていた「ビーチ篇」は柳楽演じる彼氏のズレっぷりに目を引きつつ、WOWOWの入会を嫌みなく誘引する秀逸な作品となっている。

 

WOWOWに入りましょう。「ビーチ篇 30秒」

https://www.youtube.com/watch?v=_YKimIAoyEU

 

上記作品の後半部分の二人のやりとりに注目だ。

 

特に、柳楽の全力のズレに対する有村の突っ込みがさすが関西出身というか、的確な上に可愛くて、繰り返し見てしまう。

そのうちに、彼氏のあり得ない行動と、それに対する有村の見事な反応の対比に強い既視感を覚えたのである。

 
有村「何、これ?}
柳楽「ずっと伝えたかったんだ」
有村「これを?」 ←(この言い方が絶妙で、またかわいい)
柳楽「これでもう大丈夫!」
有村「何が?」 ←(もう怒ってます)

 

これはコメディ仕立てのCMだから微笑ましく見てられるが、有村演じる彼女にしてみれば、やることなすこと理解不能の彼氏とこれから解り合えるのかしらと諦めにも似た失望を禁じ得ないだろう。

思い起こせば、民主党政権時代の3年半、国民はこんな架純ちゃんのような失望、絶望を味わい続けていた。

 

今後、この時代を知らない若い世代に「民主党政権ってどんなだったんですか?」って問われた時には、このCMを見せるといいと思う。

 

最後に断っておくが、この比喩は決してWOWOWが旧・民主党のように無能であるという意味は一切無い。

WOWOWはこんなにキュートでありながら、歴史的価値のある映像を企画・制作してくれたのだから、最大限に評価したい。

 

 

退職届ひとつ出すにしても、代理人の弁護士が付いていながら何かとモタモタしていた。

引退(退職)の意思もFAXなどで伝えるなど、最近のゆとり世代が突然辞めると、LINEで報せてくるというエピソードを彷彿させる行動もあった。

 

当年46歳の一人の男の行状としては、いろいろと未熟過ぎる点は確かにあるが、それらの行いは、貴乃花親方が積極的にチョイスしてなされたものなのだろうか。

 

人生は厳しい。

一説として度々語られる、太平洋戦争の『日本は決して開戦を望んでいなかった』説の日本のように、人も国家も本来歩むべき道を知りながらも、自ら袋小路を進まなければならないことがある。

 

私は、近年の協会と貴乃花親方の関係においては、親方が戦前の日本と同じような状況にあったとしても、別に不思議とは思わない。

 

ただ、貴乃花親方があまりにスペシャルで、一般の物差しで測れない存在でもあるので、積極的に『戦前の日本と同じ』説も100%は推せず、「事実は神のみぞ知る」という立場をとる他ない。

 

今回「やっぱり」と再認識させられたのは、世間では貴乃花親方を角界のロイヤルファミリー「花田家」のプリンスともてはやすが、もっと身近な角界の住民達の見方は、世間とはまた、違うんだなということだ。
 

 

だってね、仮に本人が現役時代の土俵充実、角界のイメージアップに計り知れない貢献を果たしてきたにも関わらず、奢らず謙虚に一協会員として控えめに振る舞っていたとしても、世の中には本当に信じられないほどくだらない理由でゲスな嫌がらせを仕掛ける人間がいるからね。

 

 

若貴の父親である初代・貴ノ花は高校を出たあと兄の初代・若乃花(横綱)が開いた双子山部屋に入門し、大関まで出世し大人気を博したのだが、入門間もない番付下位の頃は、親方(兄)の見ていないところで心ない兄弟子達に陰湿ないじめを受けていたという。
特に、まだ身体が出来ていない若い時分に大量の酒を毎日無理矢理飲まされて、結果的に内臓を痛めてしまったことは、最後まで貴ノ花の相撲人生を極めて厳しいものにした。
その為に土俵上の貴ノ花は番付が上がっても、身体が太ることが出来ず、「花田家」の血を引きながら横綱になれなかった、これは大きな要因だ。
 
それでも抜群の速さで番付を駆け上がった貴ノ花は、後年「今、もし当時の兄弟子を街で見かけたらとっつかまえて仕返しするだろう。殴り倒して多分殺してしまうかもしれない」と語っていた。
そんな強い恨みを抱くほど、陰惨な嫌がらせを受けたのだろう。
 
それから時代は変わり、いかにも育ちの悪いチンピラは少なくなったと思うが、それはまた違う形で同じ遺伝子をもったやさぐれ共が貴乃花親方を苦しめただろう。
 
それは貴乃花親方自身にも原因はあったろう。
でも、さらに最悪なことは既に現役時代、貴乃花自らが兄の若乃花と反目し合い、両親とも壁を作ってしまった。
 
それから貴乃花親方自身も反省したところもあったと思うが、全体的に見ると彼は「妥協を許さない人」なんだろうなあと思う。
 
彼も45歳で、そろそろ人生観も今一度変わっていくと思うが、少しでも気持ちをラクにしてほしい。
 
そこで、貴乃花親方には、フロイトの言葉を贈りたい。
「大人になるということは、あいまいさを受け入れる能力をもつということ」
大人になれ、というようにとられると失礼になるが、事と次第によっては少しぐらい妥協もして、ラクになってほしいと、一相撲ファンとして、「花田家」ファンとして願っているのだ。

 

私自身、年齢と共に物事をおおまかに見るようになって、私も周囲の人々も楽になっていると感じられるのだ。

 

貴乃花も定年まで20年ぐらいあったので、急がず過ごせば徐々に周りを許せるようになるし、周りも代替わりして顔ぶれも変われば万事良くなると期待してたが、残念な結末になってしまった。
 
 

これまで、当ブログで度々取り上げてきた「ベーシック・インカム」問題について、私は諦めることにした。

 

理由は「ベーシック・インカム」が、行政改革・省庁縮小再編を前提とする以上、官界の抵抗は相当なものになるだろうことが想像できるからだ。

 

しかし、そうだとしても政界で気運が高まれば、それは乗り越えられるのだが、残念ながらベーシック・インカムを推進しようとする勢力は今の政界においては異端に近い。

それに肝心の自民・公明の与党からは、一向にその声が上がらない。

 

今の政局じゃ、仮に野党がベーシック・インカムを唱えたとしても、その実現が遠のくだけだ。

 

少なくとも、私が生きているうちにはその日は来ないだろう。

ただ、今後どんどん高齢化社会が進んで、生産人口の割合が減り続けるのだから財政面の余裕が失われるかもしれないが、逆にベーシック・インカムの効果が得られやすくなるのではないのか?

人口減に合わせて、役人の数を減らせるのだから。

 

 

ちょうど先週、NBA ゴールデンステイツウォリアーズの天才PG、ステフィン・カリーが来日し、NBA JAPANや、スポーツ用品ブランドのアンダーアーマーなどが主催するイベントに登場した。また子供たちを対象としたバスケ教室みたいなものにも参加したようだ。

 

それらの様子は結局Webの動画で観るのだが、どこに行ってもものすごい歓迎ぶりで、にわかファンの私としては、彼が本当にNBAの大スターで第一人者であることを改めて確認することができた。

また父親で、やはりNBAの選手だったデル・カリーも帯同していて、3ポイントシュート競争などに参加している映像などを観ることができる。

 

バスケットのいいところは団体競技ではあるものの、しばしばプレイヤー個人がスーパースターになる要件が揃っていることだ。

私だって、マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソンといったスター選手の名前を知っている。

 

他方、バレーボールは一人ではプレイできない。

前にも書いたが、概ねレシーブ・トス・スパイクの組み立てで2・3人の手を経た上で、強烈なスパイクが決まると歓声が上がる。

バレーボールの場合、最後に決めたスパイカーだけが脚光を浴びる訳ではない。

セッターの判断やネットの向こうの相手チームの動きなどいろいろなものが絡み合ってのワンプレイなのだ。

つまりそのボールに絡む人が皆等しくそこそこ上手じゃないといいプレイに

ならない。

つまり、スカッとしないのだ。

 

その点、バスケはとにかくシュート決めた人。

時々、意表を突いたパスを出した人が喝采を浴びる。

ワンプレイ、一人で完結できる。

空中でいろいろなことが出来て、個性を出せる。

バレーボールのスパイクはそのフォームをそんなに大きくは変えられない。

バスケは、他のチームメイトがポンコツでも、ボールを持ってさえしまえば、一人で仕事ができる。

 

その点、サッカーもバレー同様不自由な宿命を背負っている。

今シーズン、ヴィッセル神戸に入ったイニエスタ、サガン鳥栖に入団したフェルナンド・トーレスは、元々自身が持っている輝きを放つことができているだろうか。

彼らは「今日はサッカー出来なかったな」と一日を振り返る夜を日本で何度過ごしたろうか。