平成最後の「Qさま!!」3時間SP(4月29日(月)19時~)は、元号シリーズだった。
夕飯の食卓に着いて、番組途中から一家で観た。
まあ、この時期のクイズ番組で、元号に関する問題の限定企画といえば、ほぼ内容はご想像いただけるだろう。
食事をしながらなので、これを観たり観なかったりの小一時間だ。
以前は子供の前で、知識をひけらかすのも大人げないと黙って観ていたが、一昨年大手術を経て65歳を迎えた頃からは、周囲を気遣うことは止めた。気が向けば間髪入れず答えを発している。
いろいろ家族の意向や欲望を尊重して、自分のことに執着することはしてこなかったが、その結果の妻や娘の自分への尊重の無さに気付きバカバカしくなった。
これまでは若い娘に答えを促すような空気を、全員が醸し出して、年寄り3人はいたって無口だった。
ところが、私が答えを口にするようになったら、義母も時々答えてみたり、昔の映像が出ると思い出を差し挟んできたり、少し変わってきた。
妻とは今まで2回位しかカラオケに行ったことはないが、私が上手く歌うとテンション下がり、妻の間違いを私が訂正すると急に怒り出したりする傾向があった。
それなのに、クイズの正答に対しては、割合素直にリスペクトな反応を示すのだ。
「なんでそんなこと知ってるの?」といった具合で始まり、それを更に続けても嫌悪するどころか、私が答えることも楽しんでいる様子なのだ。
私は、比較的「本当によく何でも知っている」ヤツが多い広告業界で、「本当によく何でも知っているね!」と言われてきた男だ。
それもネットなど無い時代に。それは転職後も同様だった。
でも、我が妻はそのことに露とも気付かず、これまで来た。
ずっと私を見下してきたからだ。
私が知るところを述べると疑ってかかり、ママ友や地元の先輩に確認してやっと信じる。ここで答えが食い違ったら自動的に私が間違っていることになる。
私にとしては、あまりに当たり前なことを否定されて、驚きと同時に焦る。
いざ説明しなければと思うと、当たり前なことを説明するのは信じられないほど難しい。
ほんの数年前までは妻が多少不勉強な人間だと思っていたから、彼女がどこまで理解できるか探りながら、噛み砕いて解説するので上手くいく訳もない。
自分が50年前、学生時代に納得した内容を今更解説って、、、出来ないよな!?
今は多少不勉強どころじゃないって分かった。もう説明なんかしないよ。
社会に出たらみんなそこは理解しているって前提でこれまで過ごせていたんだから、、、何でウチのカミさんだけ分かってないの?
その日も妻は番組を観ながら、「へー、知らなかったー」とか「聞いたことないー」とか素直にリアクションしているが、私はそれを見て、「こんなことも知らないのか!」とか「これは知ってなきゃ!」などと真逆な発見をしていた。
そして「これは、俺のことなどまったく理解できないわ!」と観念もした。
そんなことを思いながら、ふと顔を上げると「大化の改新」の問題だった。
人の顔が3人並んでいて、それぞれの下の空欄がある。各人の名前を答えよ、という問題だろうと思い、すかさず「中大兄皇子、藤原鎌足、蘇我入鹿」と答えたら、妻が「聞いたことないー」と何一つ悪びれず歓声を上げたのだ。
確認すると、私の答えを聞いて『そう言えば聞いたことがある』ではなくて、『本当に初めて聞いた』そうだ。
とどめに「大化の改新」も知らなかった。
互いに60を過ぎてから、相次ぐ相手のことへの新発見。
結果、妻の私への評価にはかなりリスペクトが混ざったように思えるが、私は妻に対して立ち直れないほどの絶望を感じていた。
その妻の変わりようを観て、「この人はほとんど全ての者に対してマウントを取ってきたんだな」と知った。
他人を常に自分の上か下に峻別して、あからさまに態度を変えても恬として恥じないのだ。
それなのに、プライドはなぜそんなに高いの?!