こんにちは。
AKB48の峯岸みなみ(みぃちゃん)と女性ボーカル3人組のBeeBeeを推してるmaple8cinnamonです。
昨年末に起きた、ストーカーされていた女性の母親・祖母が犠牲になった「長崎ストーカー殺人事件」について、女性の父親が弁護士を通して事件に至る詳細な経緯を明らかにした。
ここでも、過去の失敗に学ばない、競争原理の働かない役所の鈍さが浮き彫りになった。
市民の訴えを無視し続け悲惨な殺人事件に発展した「桶川ストーカー殺人事件」が当時あれだけ話題になり、連日警察の不適切な対応が報道されたにも関わらず、まさにそれを再現するような事件が起きてしまった。
「桶川」といえば、国民の忌まわしい記憶として、日本人なら誰でも即座にあの事件を思い出す。
それなのに、残念ながらあの事件を強く深く心に刻み付けていたのは、当事者であり「業界人」である警察よりも、一般国民だったようだ。
ここでも「県警」という単位の多さが、外への無関心・無責任に繋がっているように思えてならない。
どの県警も同じ日本の国の警察だ。
つまり同じルールで動いている組織である。
だから埼玉県警が腐っていれば、長崎県警だって三重県警だって、埼玉に隣接している千葉県警も腐っていて、自浄作用というか、改善はできない組織だったことが今回明らかになった。
電電公社はNTTになって、郵便局は公社になって、それぞれ接客姿勢が大きく改善された事実がある。
先日は地方行政の自治体に競争原理をもたらすという意味で「道州制」について述べた。
それは警察にも当てはまるだろう。
たぶん「道警察」が1コ、「州警察」が4コ、「警視庁」が1コくらいの構成が妥当ではないか。
そして、それぞれの独立性が担保されることが重要である。
つまりここでも、そこそこの規模の州警察が独自のルールで4~5コ並立することが望ましい。
警視庁ほか、その他大勢では、仮に成績優秀な県警があっても世間に知れることもないし、特に不祥事続きの県警は実際にあるものかは知る由もない。
でもその数が少なければ、ひとつの州警が不祥事を2・3回続けたら、すぐに注目の的になるだろう。
州民も自州の警察がそんなていたらくだったら大いに嘆くだろう。
そうなれば、さすがの警察も変わるはずだ。
別にストーカー犯罪の防止だけを評価しているのではなく、事故のもみ消しや暴力団へのリークなど今までありがちだったモラルに関わる不祥事が無くなるという成果でもいい。
何か、他者に対する意識や緊張感をもって改善し始めることが大事なのだ。
とにかく、早く来い来いベーシック・インカム、道州制!
昨日恐ろしく偶然なことが起きた。
昼休み、かねて連絡を取りたいと思っていた、高校の1年後輩女子に電話した。
3年前くらいに飲み会で会ったのだが、電話は10年くらい前に仕事の関係でしたきりなので携帯番号がなかなか見つからず、昨日になった訳だ。
私と仲の良かった1年下の女子が亡くなったらしいと、昨年の忘年会で私の1年先輩から聞かされたので、その亡くなった女子と最も距離の近かった彼女に確かめたかったのだ。
生前から心身ともあまり順調でないことを、風の便りに聞いていたので、夭逝だっただけでなく同情してしまう内容だった。
まあ、機会があればお清め(追悼飲み会)でもしようということで電話を切った。
彼女とは前回の飲み会ではあまり話せなかったので、ほぼ10年振りに昔のままの早口が懐かしかった。
そんな懐かしい彼女が、7時間後目の前にいた。
お互い年取ったので、表面的なテンションはもの凄く低かったが、東銀座から日比谷線の先頭車両の最も後ろのドアから乗り込んだら、ほぼ正面に座ってこっちに手を振っている彼女がいた。
簡単に近況を交わし、私が今日のお礼を言うと彼女は次の銀座で降りていった。
かつては同じ業界の戦友だったが私はすっかり足を洗い、彼女は事務所を縮小し今は半分介護の仕事を小遣い稼ぎでやってるそうで、これから尚遅くまで介護の後始末作業の為に新宿に向かうと言っていた。
その仕事に合わせてすっぴんだったのか、マスクの上の目の小じわが深かった。
(随分老けやがったな)
思えばかつての業界の先輩達は、終生順調で、この歳で我々のように苦労している人はいなかっただろう。
亡くなった彼女も悲惨だったが、生き残っている我々も苦渋と疲労の毎日を過ごしている。
日本の更に若い世代はどうなるのか?
そして彼女とはこの10年分くらいのやり取りが、偶然今日1日で済んでしまった。
あと、生きてる内にこの人と何回会えるんだろうと、チラッと思った。
昼休み、かねて連絡を取りたいと思っていた、高校の1年後輩女子に電話した。
3年前くらいに飲み会で会ったのだが、電話は10年くらい前に仕事の関係でしたきりなので携帯番号がなかなか見つからず、昨日になった訳だ。
私と仲の良かった1年下の女子が亡くなったらしいと、昨年の忘年会で私の1年先輩から聞かされたので、その亡くなった女子と最も距離の近かった彼女に確かめたかったのだ。
生前から心身ともあまり順調でないことを、風の便りに聞いていたので、夭逝だっただけでなく同情してしまう内容だった。
まあ、機会があればお清め(追悼飲み会)でもしようということで電話を切った。
彼女とは前回の飲み会ではあまり話せなかったので、ほぼ10年振りに昔のままの早口が懐かしかった。
そんな懐かしい彼女が、7時間後目の前にいた。
お互い年取ったので、表面的なテンションはもの凄く低かったが、東銀座から日比谷線の先頭車両の最も後ろのドアから乗り込んだら、ほぼ正面に座ってこっちに手を振っている彼女がいた。
簡単に近況を交わし、私が今日のお礼を言うと彼女は次の銀座で降りていった。
かつては同じ業界の戦友だったが私はすっかり足を洗い、彼女は事務所を縮小し今は半分介護の仕事を小遣い稼ぎでやってるそうで、これから尚遅くまで介護の後始末作業の為に新宿に向かうと言っていた。
その仕事に合わせてすっぴんだったのか、マスクの上の目の小じわが深かった。
(随分老けやがったな)
思えばかつての業界の先輩達は、終生順調で、この歳で我々のように苦労している人はいなかっただろう。
亡くなった彼女も悲惨だったが、生き残っている我々も苦渋と疲労の毎日を過ごしている。
日本の更に若い世代はどうなるのか?
そして彼女とはこの10年分くらいのやり取りが、偶然今日1日で済んでしまった。
あと、生きてる内にこの人と何回会えるんだろうと、チラッと思った。
こんにちは。
AKB48の峯岸みなみ(みぃちゃん)と女性ボーカル3人組のBeeBeeを推してるmaple8cinnamonです。
昨日は冷たい雨の降る中、子供の通ってる美大の卒業制作展が公開されていたので妻と行ってきた。
我が子は映像学科で、我が子を含む複数の学生の作品を立て続けに上映している教室を探し当て、音を立てないように最後列に滑り込んだ。
今は作るのも映すのもパソコンで事足りる。
映像の世界でノンリニア編集なんて言うけど、今は作画・撮影から映写までノンリニアだ。
とにかく便利になった。
だからこそウチみたいな貧乏家庭でも子供を美大に通わせることが出来てるのだ。
これが日本画科や油絵科なんかだと授業料以外に画材費が相当掛かっただろう。
考えただけでゾッとする。
教室では我が子と同じアニメを出品した学生の作品が、一挙上映されている。
一作あたり大体5分前後だから、1日に何クールも流しているのだが、一通り観た。
確か、2年くらい前にも進級作品展に来て、この時はカミさんが慌てて教室を間違えてしまい、肝心の我が子の作品を見損なった。
他所の教室で他所の子の作品をさんざん見終わったときには最終クールが終わっていたのだ。
後日、子供が不承不承見せてくれた気がするが、そんな形だったので内容についてはまったく思い出せない。
昨日はウチの子供を含め、尺が短かい作品が多かったが、中身のテンポはあまり軽快ではなかった。
カミさんのような素人代表みたいな人間には、画の切り替え、BGMが重いものが落第作品となる。
CMみたいな感覚で見てるのかもしれない。
その点で、我が子は見事、家内の及第点を獲得できた。テンポ良く、安定感のある作品を評価していたようだ。
確かに伝えようとしてる内容は少ないし、深いものではないので冗長なやりとりを見守っているのは苦痛である。
それでいて、ストーリーが突拍子も無く飛躍して鑑賞者としてついていけない作品も多く、観る者に対する配慮の足りない「粗い仕事」のオンパレードだ。
他会場の展示作品でも、1点ものであればタイトルだけでいいのだが、デザインの連作を複数のパネルでプレゼンし、基本と思われるグランドデザインはまた更に大きなパネルを使って並べているようなものは、個々に何も書いていないので、それら複数のイメージをそれぞれどのような位置付けで評価するべきか解らない。
そんなのばかりだ。
出展前に各学生は、担当教官の「講評」とやらを受けてここに出品しているはずなのだが、そこで教官は学生から口頭で作品の説明を受けている訳だ。
教官はそれで作品内容を理解し、講評することが可能になるのだ。
教官は学生作品の企画制作の動機・姿勢・過程・仕上げについて述べるまでが仕事らしい。
作品を世に出す際のマナー、鑑賞者との関係構築については無関心のようだ。
ここで、教官の社会経験がいかほどのものかが伝わってくる。
通常、作品が世に出る場合は常に作者が付き添って直に説明することなどあり得ない。
作品は時に多数複写され、世の中を一人歩きするのだ。
そこで作品は自ら語り、主張しなければならない。それで存在が認められるのだ。
それはアーティストならずとも、社会でプレゼンというものを数え切れないほど経験すれば自ずと解る事だ。
クライアントにプレゼンに行ったら、担当者が急な会議で面談が出来なくなってしまった。
その際にやむなくプレゼン資料だけを預けて帰ることだって、大いにあり得るのだ。
もちろんあとで電話でフォローを試みるも、非常事態となれば何度もすれ違いになることだってある。
レポートの中にも油断は潜む。
統計データのグラフのx軸y軸が何かを表示していても、数値単位が書いていない。
あるいはそれが何を表すグラフか、タイトルが無く、そのページの本文を読まないと判らない、といった「仕事の粗い」欠陥作品は世の中にたくさんある。
しかし意外とそうした欠陥を欠陥と思わず、せっかくの反面教師を生かさない鈍感な輩が多い。
スポーツで学生が社会人を負かすことはよくあるが、実務となるとそうはいかないのはそもそも教官のレベルが「しょせん学校」「しょせん学生」程度に留まっているからだろう。
出来れば、作品の完成形がどのような要件を満たしていなければならないかを学生に伝えてほしい。
出来れば、スタートする前に目指す形を教えてあげて欲しいものだ。
これでは、一般の学部に比べて数段高い授業料を払ってきた私が浮かばれない。
AKB48の峯岸みなみ(みぃちゃん)と女性ボーカル3人組のBeeBeeを推してるmaple8cinnamonです。
昨日は冷たい雨の降る中、子供の通ってる美大の卒業制作展が公開されていたので妻と行ってきた。
我が子は映像学科で、我が子を含む複数の学生の作品を立て続けに上映している教室を探し当て、音を立てないように最後列に滑り込んだ。
今は作るのも映すのもパソコンで事足りる。
映像の世界でノンリニア編集なんて言うけど、今は作画・撮影から映写までノンリニアだ。
とにかく便利になった。
だからこそウチみたいな貧乏家庭でも子供を美大に通わせることが出来てるのだ。
これが日本画科や油絵科なんかだと授業料以外に画材費が相当掛かっただろう。
考えただけでゾッとする。
教室では我が子と同じアニメを出品した学生の作品が、一挙上映されている。
一作あたり大体5分前後だから、1日に何クールも流しているのだが、一通り観た。
確か、2年くらい前にも進級作品展に来て、この時はカミさんが慌てて教室を間違えてしまい、肝心の我が子の作品を見損なった。
他所の教室で他所の子の作品をさんざん見終わったときには最終クールが終わっていたのだ。
後日、子供が不承不承見せてくれた気がするが、そんな形だったので内容についてはまったく思い出せない。
昨日はウチの子供を含め、尺が短かい作品が多かったが、中身のテンポはあまり軽快ではなかった。
カミさんのような素人代表みたいな人間には、画の切り替え、BGMが重いものが落第作品となる。
CMみたいな感覚で見てるのかもしれない。
その点で、我が子は見事、家内の及第点を獲得できた。テンポ良く、安定感のある作品を評価していたようだ。
確かに伝えようとしてる内容は少ないし、深いものではないので冗長なやりとりを見守っているのは苦痛である。
それでいて、ストーリーが突拍子も無く飛躍して鑑賞者としてついていけない作品も多く、観る者に対する配慮の足りない「粗い仕事」のオンパレードだ。
他会場の展示作品でも、1点ものであればタイトルだけでいいのだが、デザインの連作を複数のパネルでプレゼンし、基本と思われるグランドデザインはまた更に大きなパネルを使って並べているようなものは、個々に何も書いていないので、それら複数のイメージをそれぞれどのような位置付けで評価するべきか解らない。
そんなのばかりだ。
出展前に各学生は、担当教官の「講評」とやらを受けてここに出品しているはずなのだが、そこで教官は学生から口頭で作品の説明を受けている訳だ。
教官はそれで作品内容を理解し、講評することが可能になるのだ。
教官は学生作品の企画制作の動機・姿勢・過程・仕上げについて述べるまでが仕事らしい。
作品を世に出す際のマナー、鑑賞者との関係構築については無関心のようだ。
ここで、教官の社会経験がいかほどのものかが伝わってくる。
通常、作品が世に出る場合は常に作者が付き添って直に説明することなどあり得ない。
作品は時に多数複写され、世の中を一人歩きするのだ。
そこで作品は自ら語り、主張しなければならない。それで存在が認められるのだ。
それはアーティストならずとも、社会でプレゼンというものを数え切れないほど経験すれば自ずと解る事だ。
クライアントにプレゼンに行ったら、担当者が急な会議で面談が出来なくなってしまった。
その際にやむなくプレゼン資料だけを預けて帰ることだって、大いにあり得るのだ。
もちろんあとで電話でフォローを試みるも、非常事態となれば何度もすれ違いになることだってある。
レポートの中にも油断は潜む。
統計データのグラフのx軸y軸が何かを表示していても、数値単位が書いていない。
あるいはそれが何を表すグラフか、タイトルが無く、そのページの本文を読まないと判らない、といった「仕事の粗い」欠陥作品は世の中にたくさんある。
しかし意外とそうした欠陥を欠陥と思わず、せっかくの反面教師を生かさない鈍感な輩が多い。
スポーツで学生が社会人を負かすことはよくあるが、実務となるとそうはいかないのはそもそも教官のレベルが「しょせん学校」「しょせん学生」程度に留まっているからだろう。
出来れば、作品の完成形がどのような要件を満たしていなければならないかを学生に伝えてほしい。
出来れば、スタートする前に目指す形を教えてあげて欲しいものだ。
これでは、一般の学部に比べて数段高い授業料を払ってきた私が浮かばれない。
こんにちは。
AKB48の峯岸みなみ(みぃちゃん)と女性ボーカル3人組のBeeBeeを推してるmaple8cinnamonです。
昨日テレビで観ましたか?
前にも地上波で観たけどカミさんが観ようと言うので2度見に突入、ハッピーフライト!
なんと言っても肘井美佳だ。
彼女が出るから2度見もへっちゃら!
だってホントきれいでしょ?
この映画には主役の綾瀬はるか、そして吹石一恵が出演。
ともに可愛い旬の女優で、私もお気に入りの二人だ。
でも、その美人女優を差し置いても、私が肘井美佳に注目するのはレア物だから?
まあそれもあるでしょう、動く肘井美佳はなかなか見れないからね。
少し前にやってたチャン・グンソクが氷のバーのバーテン役のCM。
あの女性客が彼女なんだけど全く顔が映ってないのだ。
あれだけCMが流れながらも少しも見れなかった肘井美佳。
ハッピーフライトでもあまり長くはないけど確実に観られるのでガマンします!
健気なものですよ。
それだけ彼女が魅力的で、カミなんです!
可愛いとか美人とか月並みな表現より、「麗人」というべきかなぁ?
そう言えばハッピーフライトで何役か、明確には答えられないんだけど、やりとりを見てると彼女は羽田の管制官だと思われる。
管制塔らしきところで凛々しく働いてたけどね、専門的には判りませんね。
まあ何でもいいのだよ。
とにかく肘井美佳、もっと見せてよ。
AKB48の峯岸みなみ(みぃちゃん)と女性ボーカル3人組のBeeBeeを推してるmaple8cinnamonです。
昨日テレビで観ましたか?
前にも地上波で観たけどカミさんが観ようと言うので2度見に突入、ハッピーフライト!
なんと言っても肘井美佳だ。
彼女が出るから2度見もへっちゃら!
だってホントきれいでしょ?
この映画には主役の綾瀬はるか、そして吹石一恵が出演。
ともに可愛い旬の女優で、私もお気に入りの二人だ。
でも、その美人女優を差し置いても、私が肘井美佳に注目するのはレア物だから?
まあそれもあるでしょう、動く肘井美佳はなかなか見れないからね。
少し前にやってたチャン・グンソクが氷のバーのバーテン役のCM。
あの女性客が彼女なんだけど全く顔が映ってないのだ。
あれだけCMが流れながらも少しも見れなかった肘井美佳。
ハッピーフライトでもあまり長くはないけど確実に観られるのでガマンします!
健気なものですよ。
それだけ彼女が魅力的で、カミなんです!
可愛いとか美人とか月並みな表現より、「麗人」というべきかなぁ?
そう言えばハッピーフライトで何役か、明確には答えられないんだけど、やりとりを見てると彼女は羽田の管制官だと思われる。
管制塔らしきところで凛々しく働いてたけどね、専門的には判りませんね。
まあ何でもいいのだよ。
とにかく肘井美佳、もっと見せてよ。
松本龍元・復興大臣の、被災3県での問題発言に見られた、あの「上から」過ぎる言い方は、明らかに現実的なものではないと思いたい。
宮城県の村井知事も「国と自治体の間に主従関係はない」と事後の会見で述べた。
でも、中央政府・中央省庁から見ればやはり県という存在は小さい。国にとっては個別の問題を任せている下請け業者のような見方がどこかに必ずあるだろう。
職員もそこの地域には詳しいだろうが、他の地域や東京はあまり知らない。その視野は日本の役人共通の「事なかれ主義」なれば、決して広くはないだろう。
私もこの数年地方に行くことが多くなり、そこで何となくゆるい空気を感じるのは逆に私が東京しか知らないからか。
東京は日本中から人が集まってくるところだから、ついついよそ行き気分になりがちだが、地方に行くといい意味でそこに暮らす人は皆気心が知れている同士で、我々にはどうも聞き取りにくい話し方だが、何不自由なく会話している。
私は仕事で北関東によく行って話をするが、誰もが解りにくく、いつまで経っても聞き返すことが度々である。
私が若い頃はまだ高速道路が整備されず、東京人が珍しかったのか、結構どこの地方でも地元民が話してる中に入っていくと、いつも常連だけでカウンターが埋まっている飲み屋に入ったような瞬間がある。「えっ」とビックリして急によそよそしくなったりするのである。
不特定多数が訪れるはずのお店でも、決まって店の人が驚いた反応を示したものだ。
もういつも来る顔ぶれが決まっている、ということなんだろう。
そんなこともあり、また地方のスピードと東京のスピードには差があることは確かで、基本的には「国と自治体の間に主従関係はない」が、国の役人は地方自治体の職員を無意識に下に見てることは多かれ少なかれあるだろう。
しかし、道州制は地方によそ行き文化をもたらし、比肩すべき立場の他州の役人と接触し刺激し合うことが出来る。
視野が広がるし、元々優秀な人材が集まる。そして交流する。
そしてその刺激は徐々に一般市民にも波及していくだろう。
一方で国から最大限の権限を移管するので、国との接点は減少するだろう。
自由に他州を意識しながら、自州の発展に努めればいいのだ。
やはり一部の反対論に州があまり強くなり過ぎると、国のコントロールが効かなくなるという懸念を示してるが、州が強大になることは結構だ。
前に述べたように、その州は他州の範になるかもしれないし、もしかしたら国の運営にもいい影響を与える示唆的なモデルになるかもしれないのだ。それを、成功例を提示できるチャネルが増えると考えればいいことだ。
宮城県の村井知事も「国と自治体の間に主従関係はない」と事後の会見で述べた。
でも、中央政府・中央省庁から見ればやはり県という存在は小さい。国にとっては個別の問題を任せている下請け業者のような見方がどこかに必ずあるだろう。
職員もそこの地域には詳しいだろうが、他の地域や東京はあまり知らない。その視野は日本の役人共通の「事なかれ主義」なれば、決して広くはないだろう。
私もこの数年地方に行くことが多くなり、そこで何となくゆるい空気を感じるのは逆に私が東京しか知らないからか。
東京は日本中から人が集まってくるところだから、ついついよそ行き気分になりがちだが、地方に行くといい意味でそこに暮らす人は皆気心が知れている同士で、我々にはどうも聞き取りにくい話し方だが、何不自由なく会話している。
私は仕事で北関東によく行って話をするが、誰もが解りにくく、いつまで経っても聞き返すことが度々である。
私が若い頃はまだ高速道路が整備されず、東京人が珍しかったのか、結構どこの地方でも地元民が話してる中に入っていくと、いつも常連だけでカウンターが埋まっている飲み屋に入ったような瞬間がある。「えっ」とビックリして急によそよそしくなったりするのである。
不特定多数が訪れるはずのお店でも、決まって店の人が驚いた反応を示したものだ。
もういつも来る顔ぶれが決まっている、ということなんだろう。
そんなこともあり、また地方のスピードと東京のスピードには差があることは確かで、基本的には「国と自治体の間に主従関係はない」が、国の役人は地方自治体の職員を無意識に下に見てることは多かれ少なかれあるだろう。
しかし、道州制は地方によそ行き文化をもたらし、比肩すべき立場の他州の役人と接触し刺激し合うことが出来る。
視野が広がるし、元々優秀な人材が集まる。そして交流する。
そしてその刺激は徐々に一般市民にも波及していくだろう。
一方で国から最大限の権限を移管するので、国との接点は減少するだろう。
自由に他州を意識しながら、自州の発展に努めればいいのだ。
やはり一部の反対論に州があまり強くなり過ぎると、国のコントロールが効かなくなるという懸念を示してるが、州が強大になることは結構だ。
前に述べたように、その州は他州の範になるかもしれないし、もしかしたら国の運営にもいい影響を与える示唆的なモデルになるかもしれないのだ。それを、成功例を提示できるチャネルが増えると考えればいいことだ。