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maple8cinnamonのブログ

メープル・エイト・シナモンです。
テレビやWebで見たことをキッカケに、ふと昔のことを思い出したり、
今、自分のすべきことを思い付いたりする年金暮らしの日々。
お暇な方だけお付き合いいただければ幸いです。

平成25年5月25日、遂に私は還暦を迎え 60歳になった。


当然、予め分かっていたことだが、極めてきれいな数字並びの日に記念すべき日を迎えたのだ。
悪い気はしない。



この還暦を機にいろいろなことが変わって、更に、自らいろいろな事を変えた。



まずこの還暦になった日に会社を辞めた。


もちろん、事前に次の仕事を決めていた。

このご時世、正社員にこだわることに意味は無い。
まして、辞めた会社は今じゃ立派なブラック企業。


ちょうど限界レベルに達した頃に還暦が近づいてきた。
こんな所で身体を壊してしまっては、あとの老後を築けない。


せっかく還暦になったことだし、パートで探したらすぐに2社からいい回答をもらった。


今通っているのがその内の1社で、編集の仕事。
自宅から徒歩20分程の距離。土日祝休だし、9~5時で終わり!雰囲気も悪くない。
そして、ある程度経験が生かせてる、と思う。

ただ、訳あって今は社保の適用を外れている。
そこで、会社の総務を頼れないので、自ら役所に行って国保加入の手続きをした。



次いで、年金の移行について手続きしようと思ったら国民年金の加入(保険料支払い)は60歳未満までで、「あなたはもう払う義務は無い。もし続けたければ、また来てください」と言われてしまった。


昨日まで未納があるだとか、「払え、払え」と晩飯中でも電話を掛けてきて、まるで死ぬまで追い続けてやると言わんばかりだったくせに、何だよ!
それならせめて「今までご苦労様でした」とか、「今もご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、受給額については是非一度ご確認ください」とか言ってみろ!


まあ社会保険庁の残党でもなく、区役所だからな、他人事だわ。



あと、たまたま免許の更新が今年だったから、6月に入って行ってきた。
もうブラック企業在籍中は疲れ切っていて、これはなるべく後にしようと思っていた。



還暦直前になって気になったのが、生命保険。
お手頃価格の都民共済は確か60歳辺りが境で、加入できないとか、保険料が高くなるとか、昔見聞きした情報がふと脳裏をかすめた。
そして何年か前に、高血圧で数社に断られた自らの履歴も思い出した。


でも、若い時の付き合いで入って(あげた)ソニー生命の医療保険に毎月5,000円程払っていることを考えれば、多少条件が不利になっても毎月3,000円セーブできる。
かなり忙しかったが、何とか都民共済に乗り換えた。


今回は血圧が薬で落ち着いていたので、除外事項とはなったが、本契約は無事成立した。
ただ、もう60歳未満の条件適用は間に合わなかった。



次に、ブラック企業で必要になり契約していたauの携帯を解約した。
仕事以外に掛かってくるのは妻だけで、友人も年に数回だけだ。
思い立って確認したら、翌6月に解約したら違約金というのか、1万円近い費用も要らないということが分かった。
もう慌しく、更に疲れが深まってきたのだが、これはもう何とか6月中に解約を実行した。


これで元と同じ、PHSだけになった。


でも私は、このあとすぐに大きくもう一ひねりしたのだが、それは今も進行中の出来事だ。



しかし幾ら「還暦」だからって、この2ヵ月余りの間のスイッチングってどうなの?って感じだが、新しい自分を始める為の準備なのだ。


それでも、ここに書いたのは、すべて身の回りのこと。
実は、我が身そのものについてもしていることがある。


還暦と言ってもめでたい、めでたいだけではないのだ。
今、変えていかなければならないことが沢山ある。


忙しくて、こうしたブログを全部書くのは大変だ。
老眼だし…。

2006年に安倍首相が就任後初の外遊先に選んだのが支那だった。
当時一回目の首相就任だった安倍現首相が2006年10月8~9日に訪中した、その時の秘話を明かした古い新聞記事(産経新聞?)のテキストがあったので、これを以下、貼り付ける。
それで、少し楽をしたい。

違法?
引用ってやつだけどね。

以下、引用
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□想定問答無視、聞き役に回らず 文書破棄も覚悟、譲歩引き出す

首相として5年ぶりの訪中を果たした安倍晋三首相。日本との関係修復を急ぐ中国は国賓級で首相を迎え入れ、8日の北京は歓迎ムード一色に染まったが、水面下ではギリギリの駆け引きが続いていた。
北朝鮮問題などをめぐり、東アジア各国が外交戦略の転換を迫られる中、外務省が主導してきた「予定調和」の日本外交が終焉(しゅうえん)したことは間違いない。(石橋文登)


 ▼幻のあいさつ

8日夕、温家宝首相主催の晩餐(ばんさん)会の直前。胡錦濤国家主席らとの一連の会談を終え、人民大会堂内の一室でひと息ついていた首相の表情がサッと険しくなった。
外務省高官が「中国側の意向」として、あいさつの修正を求めてきたのだ。

「なぜ私のあいさつの内容を中国側が知っているんだ?」。
首相の問いに高官は押し黙った。

「こちらは温首相のあいさつを把握しているのか?」。
答えはなかった。相手の機嫌を損なわないことを最重視してきた外務省の「外交術」がかいま見えた瞬間だった。

「それではあいさつはできないな…」。
首相の一言に高官らは狼狽(ろうばい)したが、首相は頑として譲らず、あいさつはキャンセルとなった。
この夜、安倍、温両首相らが和やかに談笑する晩餐会の様子が世界に報じられたが、両国高官にとっては居心地の悪い席だったようだ。


 ▼会談の心得

首相の訪中を2日後に控えた6日、麻生太郎外相は衆院予算委員会の最中、首相にそっと手書きのメモを差し入れた。

「首脳会談の心得」。
要点は(1)両手で握手をしない(2)お辞儀をしない(3)政府専用機のタラップは夫人と並んで降りる-の3つ。
首相はニヤリと笑って軽く会釈し、メモを胸ポケットにしまった。

首相と麻生氏がもっとも懸念したのは、歴代政権のように「日中友好」の甘言につられ、中国側に「朝貢外交」を演出されることだった。首相は握手の際、笑顔を見せたものの、視線は相手から一瞬も離さなかった。

さらに首相は一計を案じた。相手より長く話すこと。中国は古来官僚国家であり、文書をもっとも重視する。聞き役に回れば、書面上は「負け」ということになるからだ。

温首相は会談の冒頭から漢詩などを引用し、とうとうと話し始めた。首相はそれ以上に長い時間をかけて話を続け、特に歴史認識や靖国神社参拝に対する中国側の婉曲(えんきょく)な批判への反論にはたっぷりと時間をかけた。

外務省が作った想定問答はほとんど無視され、会談時間は予定の1時間から30分もオーバーした。中国側が「日本人は聞き役で、うなずくだけだ」と考えて会談に臨んだならば、大きな計算ミスだったといえる。

首相は最後に、練りに練った「殺し文句」を放った。
「過去の歴史の問題では、わが国60年の平和国家としての歩みに正当な評価を求めたい」。
温首相から「評価している」、胡主席から「信じている」という言質を引き出したことは大きな成果だろう。


 ▼共同プレス発表

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…」
首相は訪中前、周囲にこうつぶやいた。

訪中を指すのかどうかは分からないが、首相にとって、訪中は今後の政権運営をにらんだ大きな賭けだった。
それだけに首相は慎重姿勢を貫いた。中国側による招請は先月30日だったが、首相が決断したのは3日。

しかし、正式発表の土壇場でもギリギリの攻防があった。
中国側が急遽(きゅうきょ)、正式発表の際に「政治的障害を除去し」という言葉を使うよう求めてきたのだ。
首相は会談延期をにおわせて拒否し、最後は中国側が「除去」を「克服」に変えることで折れた。発表が4日午後にもつれ込んだのはこのためだ。

会談の文書化をめぐっても暗闘が続いた。中国側は文書に固執したが、首相は難色を示した。平成10年の小渕恵三首相と江沢民国家主席による「共同宣言」では、過去の責任と反省を示す「村山談話」が盛り込まれ、その後の対日批判に利用されたからだ。

中国側は訪中前日になって大幅に譲歩してきた。
「歴史を鑑に」という常套(じょうとう)句は「双方は歴史を直視し」に変わった。
日本側が主張する「未来志向」「東シナ海問題の協議」「北朝鮮への憂慮」も加えられた。

それでも首相は慎重だった。
外務省側は会談前に「共同プレス発表」を交わすことを公表する考えだったが、中国へ向かう政府専用機内でその意向を聞かされた首相は「会談が終わるまでは絶対にダメだ」と譲らなかった。
会談次第では、文書の破棄も念頭においていたようだ。

結果として、首脳会談は日中両国とも成果を強調できる形で終わった。だが、もしギリギリの攻防を回避していた

ら日本側に果実はあっただろうか。

会談後、中国の武大偉外務次官は日本の高官にこうささやいた。

「安倍首相が手ごわい相手だということは前々から分かっていましたよ」》

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以上、引用


これを以って、直ちに安倍首相を反中と断ずるのは間違えている。
支那という相手と対峙する際に必要な慎重さを、行動に表しただけのことである。

今回自民党は「まっとうな政治を取り戻す」というスローガンを掲げて、政権に帰ってきたが、「まっとうな政治」姿勢は安倍首相の身上と思われる。

支那が信頼できる国家になればいいだけの話で、何も安倍首相の政治姿勢がどうとか言われる筋合いのことでは無いのだ。

まあ、支那が信頼できる国になることは、あと地球が3回滅びても無理だろうな!


ただ、冒頭産経新聞石橋記者が断定した次の言葉は、その後の阿倍首相の予期せぬ退陣のお陰で、以降の日本外交にはまた当てはまらなくなってしまったことは残念に思う。

>> 外務省が主導してきた「予定調和」の日本外交が
>> 終焉したことは間違いない


相変わらず、仕事に忙殺されている。

やはり老眼の影響が大きい。
スタミナも減っているが、それも老眼による眼精疲労が拍車をかけている。
老眼さえ無ければ、若い時と作業効率はさほど変わらないだろう。

稼動出来る時間が短くなっているが、若い時は高給で、さらに年々昇給も大きかったからこそ頑張れたこともある。

今はもう残された時間は少ない。
5月には還暦だ。
あと5年は働きたいと思っていたが、今こんな薄給でこんな体を酷使していて大丈夫なのだろうか?

蓄えもできないでいるのに…。
自民党政権に戻ったが、人生設計、生活の不安は尽きない。

でもな、人生設計と言ってもあと10年位の話で済むことだ。
なんとかしてくんねえかなあ。

また久々の更新となりました。

8月下旬に一気3人に辞められて、それから死に物狂いの仕事が続いていた。
正確に言えば、まだ続いている、か。。。


でも、やっとこの3・4日で先が見えてきたのだ。

そのどさくさの間に民主・野田首相は解散した。

さらに、そのどさくさ中に、第3極がゴチャゴチャに動いた。
いつの間にか、「原発」が大きな争点になった。

でも、もういいよ。
投票先はほぼ決まった。

政策で言うと、

1.増税反対
2.当面、原発再稼動賛成
3.公務員改革断行
4.日米同盟強化
5.道州制推進
6.議員定数削減
7.二院制維持
8.TPP交渉参加反対
9.ベーシックインカム導入、年金・生活保護廃止

こんなところかな。
これらがズバリ一致、という政党は無いと思う。

幾つかは妥協して、重要政策を中心に近い政党を選びたい。

ひどいわー

更新しないにしても、ログインしたのも半年ぶり!

その間、猛威を奮い続けるリストラの嵐をしのいで、しのいで何とか生き残ってきたのだ。
今もそうなんだけど、更新どころではないのである。

最近あった刺激的な話だと、先月、8月24日から31日までの一週間で営業がパート女性2人を含む9人の内、3人辞めた。
今は正社員は僕を含む5人とパート1人。

これは、偶然も重なったんだけどな。

まず、かねて噂のあったパート女性の退職。
次は若手男性正社員が、極めて個人的な情けない理由で驚きの強制終了!
この緊急事態に社長が決定した営業社員に対する更なる労働強化に反発したこれまた若手男性正社員が即ヤメ。

僕はこの最後に辞めた奴の仕事を丸ごと回されたから、それまでの自分の仕事と合わせて2倍の量になってしまっている。

ちょうど会社では営業用の社内システムが出来上がったばかりで、この緊急事態に際し、僕は以前から温めていたシステムの更なる改善案を打ち出し、尚且つそれはあまり手間の掛からない改善策だった為、営業全体の業務軽減の見通しがすぐに立った。
また、ある顧客向けの定期的なサービスをほんの少し削ることで各営業が負担に思っていた作業を単純化、一元的一括処理することも提案し、それも仕事の大きなリストラに繋がった。

僕はそんな業務改善を提案しながら、並行して倍増した仕事に加え、社長から頻繁に単発作業を振られるようになったりしているのだが、それらを淡々とこなしている。

そんな僕の様子に、近頃の社長の対応は豹変している。


自分としては、給与の安さと体力不足を考えないようにすれば、まだ仕事のキャパは残っている。
広告業界での激務経験を舐めてはいけない。

昔ほど体力が無いので、自制しなければならないが、それでも少し多めに残業すれば済む話だと思っていた。
なのに、社長が慌てふためいて週休2日制(祝日は出勤!)だったのを、2人目が辞めてすぐに隔週休2日などと即決したものだから、3人目が反発して即辞めてしまった。
そりゃただでさえ少ない休みも客から問合せが立て混んだりして、結局終日仕事になってしまうことだって本当に度々あるから、元々営業には不満が横溢していたのだ。
辞めるヤツが出てきてもおかしくない。

正直、僕も迷った。
せめて、僕が提案・推進した上記のような業務軽減の努力を試みた上で隔週休2日という結論に至ったのなら、まだ納得できた。
また納得できたとしても週休2日でもしんどかった体が、本当にもつのか不安だった。

しかし、そんな迷いを深く抱える間もなく3人目が辞めると言って、その日に辞めてしまった。
休みが減った上に仕事が倍増する事態になってしまった訳だ。