冨士ブルースカイへブン☆

父親はファットボブ。

そして息子はストリートボブ。

鉄馬親子、初の揃い踏み
。今日はハーレーイベント
『冨士ブルースカイへブン』
全国の鉄馬乗りが一堂に会する。わが父も類に漏れず京都から鉄馬仲間と土曜日から冨士に参戦。お仲間さんとキャンプして盛り上がっているらしい。
僕は日曜朝3時に起きて支度して4時半世田谷発。6時には冨士に着いた。父を含む京都チャプターの皆さんは起きており朝食の用意をしていた。僕も乱入しご相伴にあずかった
。

さて、このイベント。
聞けば全国から約10000台ものハーレーが集結する一大イベントで、さまざまな出し物が用意されていた。

プリンセス天功が宙を浮いたりスタントショーがあったり、進行があの志生野温夫さん(なつかしー
びっくり日本新記録だよ)だったりしたんだけど、正直小さなディーラー(車の販売店)がやるお客様感謝祭のスケールを上げた感は否めなかった。ここでの楽しみは、普段日帰りでツーリングしてるお仲間さんたちとバーベキューしてキャンプを張って夜通し騒ぐのが一番なんだろうと思った。来年参戦時にはそんなお仲間さんを増やしたいなぁとつくづく思う今日この頃です。次はSWAPMEETに参戦してみたいなぁ。
さあ、次の親子競演は京都でやね
東京でオトナの喧嘩しながら頑張って稼いで京都に鉄馬でいけるように明日から頑張りますょ
。人生いろいろ。
。さぶそうにしてると体調不良と間違えられて早退を命ぜられてしまいました
。従いまして今日は3時間早く午後7時上がりです
。そうか
このテがあったか
。それはそれとして、
今日の朝ピーク、常連のカップルがエライ日焼けして買い物に来ました
。聞けば秋に結婚するらしく
GWは二人海外でで過ごしたらしい
めでたいもんです。このカップル、どちらとも前から仲良くさせてもらってるんだけど会社は全く別。しかも女性の方は2年前入社した新人サンでした。まだ大きく名札の付いたリクルートスーツで同期の人とぴよぴよいいながら買い物してましたね

。男性の方は別グループでピークに買い物に来てたんです。そんな面識も接点もない二人がいつのまにか会話をするようになり、グループから離れて買い物するようになり、女性の方には指輪がはまり、お店で待ち合わせして帰ったり、そして結婚…うちの店が縁だったんだろうか?今度聞いてみよかなぁ?まぁ何にしても幸せになってもらいたいもんです
。そうかと思えば、
僕が入社した時はバカップル並にべたべたしてピークも買い物に来ていたあるカップルは次第に笑顔が少なくなり、眉間にシワが寄り会話がなくなり別グループで来るようになり、しまいには同じ時間にはこなくなり、ついには女性の方が退社したって話をさっき聞いてしまいました…うまくいかんかったんやろねぇ
。僕はお客さんが好きです。
だからお客さんの挙動はよく見てる方だと思います。
この店に来て2年半。
いろんな人を見てきました。
いろんな話を伺いました。
にしても、あるカップルの出会いから結婚への道のり
そしてあるカップルの別れへの道程をほぼ同時に垣間見る事になるとは…「人生いろいろなんやなぁ」
と、つい思いに耽ってしまった今日この頃です。。。。
人生いろいろ
男もいろいろ
女だぁ~っていろいろ
咲きみ・だ・れ・・るのぉ。。…
島倉千代子・浜口庫之助さあ、発注おわりっ
。あと5時間。
生きろ
さっき、初めて見掛けるギリ未成年かな?って女の子が店に来て、「あのぉ…サ☆☆☆☆☆って洗剤ないですか?」って聞いてきたんよ。僕は替わりになる洗剤案内したんやけど残念そうにして帰ってったんだ。
嫌な予感がしていまネットで調べたら…










こわいー
!!オレの商売は社会の縮図なんだね。近くの店にそれがない事を切に祈ります。
ってか、
『生きろょ

』狂乱のダウンヒル
さて、伊豆で初の鉄馬旅をしてきた僕。初日は沼津『貝殻亭』で素敵な一夜をすごし翌日は伊豆観光を計画、夕方7時半までに横浜・新山下にバイクを戻す事を念頭に置きながら修善寺・浄蓮の滝・天城トンネル・下田で海鮮丼・いければ石廊崎を目指して朝9時に貝殻亭を出発し、走りだしました…
が、
これが思わぬ「試練の旅」になってしまいます(まぁ大半は僕の判断ミスによるものですが
)。まずは修善寺へ。修善寺道路を走る。
今日も鉄馬仲間がよく走っている。
や
や
でごあいさつ。返ってくるのが気持ちいい。やや押し気味なので飛ばして走る。と、気付かぬうちに有料道路の終点
見事に修善寺を通過してしまう
。「まぁ前回見たし、半島の北の方やから時間があったらあとで見よう」との事でそのままスルー。浄蓮の滝へ向かう。
滝は立派なものだった
団体さんに紛れて一通り眺めて出発、天城トンネルへ向かった。トンネルへの分岐点に11時過ぎ着。トンネルを見に行くには…ハイキングコースを徒歩片道35分または登山道を片道15分
。少し悩むが時間がないので登山道を選択。荷物を持ったまま山に入っていった…が、この登山道が強烈だった

。すげー急斜面。かと思えばエンドレスに続くかのような石段。後悔したときにはもぅ引き返せないトコロにいた。自分の体力低下と判断の甘さを嘆きながら誰も使わない近道を雨具とヘルメット抱えてひぃひぃ言いながら必死に山を登る。どーにかこーにか約20分で天城トンネルに着いた。
完全に疲れた僕は写メ撮って小屋で休むしかなかった
。観光どころではない。ぐだぁーっとして息を整えたら登山道を駆け降りて下田へ向かった
。下田に着いた時にはお昼を回っていた。
石廊崎は無理。帰りの混雑を考えるとここはサクッと回って長岡か伊東で海鮮丼を食べよう、って事で下田滞在は約20分
半島東側を北上し始めた。腹が減る。国道沿いでよさげなところがあったら入ろう
どこがいいかなぁ…?と吟味しながら走ってると…大・渋・滞

。全く動かない。路肩も狭く擦り抜けもできない。いたずらに時間だけが過ぎていく。しかも追い撃ちをかけるように雨が強くなってきた
急ぎ雨具を着用するも、その段階で間違えてポンチョを用意していた事が判明した
。すごい雨
そしてポンチョの僕は下半身の雨具がない。ポンチョを伝った雨水が股の部分にたらーりたらーり…
腰から下はずぶ濡れになってしまった。「これはたまらん!」とセブンに逃げ込む
ついでにレジのおばちゃんに聞いてみた。「東京への近道ないですか?」
おばちゃん
「あぁそれならそこからバイパスとスカイラインとターンパイクってとこ使えば早くいけるみたいですよー」
…嫌な予感はしたけど背に腹は変えられない。そちらへ向かった。
バイパスを越え伊豆スカイラインへ。料金所を出て少し走ると景色が激変した。
超濃霧
その視界約15メートル。スカイライン…つまり山の上。伊豆で天気が悪いときに山に上がったら山雲で前が見えなくなる事くらい冷静に考えたらわかる事だったのに…。
雨の止まない中、霧で前の見えない山道を僕とハーレーは必死で走った。途中いきなりマンホールが現れて思い切りスリップしたり後ろの車に追突されそうになったり…
こりゃあ死ぬかもしれんな。
そぉ思った。
いつしか数々の難所を乗り越える終点を越えた時、デブで髭生えたオッサンの「はいクリア~」って声が聞こえてきた。僕は思わず大泉洋さん張りに叫んだ。
「何ゲームよこれ
」…などと独り言を宣ってる間もなくターンパイク突入。
ターンパイク…タイヤメーカーが管理・運営する走りを楽しむための山坂道
。先ほどよりさらに難易度の上がったダウンヒルを雨と霧の中新車のハーレーで突入してしまった次第です
。もはや余裕なし
寡黙に必死に坂を下る。長いストレートからのヘアピン。すると路肩の盛り土に今飛び込みましたぁと言わんばかりの真新しい轍と何かの破片が…ひえぇぇぇぇ

さらにS字コーナーをくだり霧が晴れてきた頃に、うしろから「ドォーン
」明らかに衝突音だ。びええぇぇぇぇぇ



振り向くのも怖い。まさに命からがら。へとへとになって西湘バイパスに降りてきたのが5時半。で、どうにかこうにか門限ギリギリで新山下に帰ってきたのでした
。今回の距離:330キロ
今回の教訓:山の天気を侮るな
でも楽しかった
。今から来週の日曜日はどこ行こうか考え中です。
でも何より晴れる事を願う今日この頃です
。メゾン・ド・メール
まず、
この旅をするにあたり、
最初に決まったのは「宿」。
沼津市西浦
『メゾン・ド・メール 貝殻亭』
21年前の1987年7月22日。
その年の春に曾祖母を亡くしてから初めての家族旅行として行き先になったのが「伊豆・修善寺」。そして宿としてお願いしたのが、まだオープン間もなかった貝殻亭でした。
ご陽気なマスターさん、素敵な建屋、かさご丸揚げが出てくるすごいボリュームの海鮮料理…海のペンションが初めてだった僕には新鮮ですごく楽しかったです。そしてテレビが映らないのでお客さんが集まりマスター親子と将棋とオセロ対決
。僕はマスターにものの見事に盤面を真っ黒にされ、横ではよそのおっちゃんがマスターのお父さんに将棋で容赦なく粉砕されてましたね
。素敵な夜でした。
今でもよく覚えています。
そして、チェックアウトする時に撮ったマスターと家族の写真は以後長期にわたってうちの居間を飾っていました。家族みんなよい思い出だったんでしょう。
それから何年かして東京に出てきた時、
「車を持つか結婚したら必ずまた貝殻亭にいきたいなぁ」と思ってたところ、mixiで貝殻亭コミュを発見
そしてハーレーが僕の元にきて車確保という条件が満たされたので、コミュを管理しているマスターの娘さんに連絡をとり、若干押しかけで泊まらせて戴く事になった次第です。
さて、そんな貝殻亭。
21年振りの来訪。
外観はほとんど変わらない。遠くから見てもすぐにわかる
。道に面した海側には砂浜が新しく出来ていた。近くに係留されていたスカンジナビアはなくなっていた
。
おかあさんにロビーに通してもらいジュースをご馳走になってると、横のデッキで食材を仕込んでいるちょっと疲れ気味のおっさんがぬっと現れた。
マスターだ
21年たつだけに腹はメタボだけど顔は全く同じだった
相変わらず牧伸二師匠に似ている
。
しばらくマスターと歓談。伊豆の民宿が激減した話、小泉政権になって二極化がすすんだ話、眼前のビーチの話やスカンジナビア号の、その最後…
テンションの高いペンションのマスターは深みと含蓄のある海のおやじに進化していた
。そして子供の頃連れられた人が大人になって貝殻亭を訪れる事が最近増えてきたのがウレシイと話してくれた
。そぉ言って戴けるとオレもうれしいっす。
夕食はさらにボリュームUPしていたが、これに備えてあらゆる高速道路SAPA名物をシカトし、万全の状態で臨んだ僕は有り難く完食させていただいた
。その味は聞くまでもなし
。
その後円卓にいたマスターに呼ばれる。何と僕のように子供の頃に来て再来して宿泊しているご家族がいらしたらしい
そちらは奥さんの方だけど、久々の再来の人が同時に貝殻亭に来たのは初だったらしい。
「同級生だねぇ」テンションの上がったマスターは自分専用のお酒を振る舞ってくれた
。
それはポーランドのウォッカにレモンピールとハチミツを入れたもので、そのアルコール度数なんと96度
。同級生のだんなさんと飲んでみた
。
喉がくわぁーっとするけど、うまい
しかも香りがイイ。3人で(途中でマスター抜けたのでだんなさんと2人で)深夜まで仕事の話やバイクの話、結婚とは何ぞやという話やプロ論で語り合った。途中マスターの娘さんも加わり、夜がすぐに更けていった
。
そして翌朝、
新しく出来た砂浜『らららサンビーチ』を歩き、昔と全く変わらない朝ごはんを戴きチェックアウト。マスターは市場に出て不在だったらしい。写メがとれなかったのが残念だけど、次回の宿題にしておこう。
僕はおかあさんに「行ってきます
」と再会を約束して貝殻亭を後にしたのでした…
貝殻亭の皆さん、ありがとう。
あのフンイキ、居心地のよさ、何年経っても変わらないっすね
。
厚かましいのは承知の上で、僕はこう宣言させていただきます。
『貝殻亭は、沼津に存在する、僕の帰るトコロです』
僕の帰るトコロが京都の他にひとつ増えました。
《続く》


