①虚空蔵堂と摩利支天
〈長崎市 布巻町〉

↑虚空蔵堂です。
墓地から下るとあります

↑内部のようす。
地蔵菩薩さまや虚空蔵菩薩さま、観世音菩薩(?)さま。1体は不明(中に入らなかったため)でした。

↑そして同じ広場に摩利支天の鳥居があります。

↑かいだん(往く道)があるって素晴らしい事ですね
バリアフリーの事を言われると違うのかもしれませんけど。
自分の健康もありがたいです

↑すぐ着きました。

↑摩利支天尊です。
イノシシにまたがっているんですね

↑安政4年(1775)かあ。
②板御前
〈長崎市 平山町〉

↑国道より1本内側の道に、

↑板御前とあります。
「いたんごぜん」と呼ばれているそうです。

↑1843年です。
③草積◯神
〈長崎市 蚊焼町〉

↑1度通ったのに見落としていました

↑草積…◯神?
◯には『日』の下に『大』があるように見えます。
④摩利支天(まるてんさん)
地元の方に突撃訪問して場所を聞きましたがご存知なく、少し経緯をお話させていただくと「この辺にはまるてんさんならある」と!
それだ
まりしてん=まるてん(さん)
こんな風に地元の方に聞き込みを行うと、地元ならではの呼び方や、勧請の由来などを聞けるのが面白いですよね
初対面の人と話すの緊張しますけど
ちなみにこれまで地元の方に神社の場所を聞いたら100%以上親切にしてもらえています
お茶の御接待、さらには手を合わせられた事もあります。
宗教離れが進む中、もしかしたらこういう事をしてくださる方々は今後いなくなるかも知れない。信心深い皆さまに恐縮です。
(違う所を聞いて散々怒られた事は1度ありますけど
)
〈長崎市 蚊焼町〉

↑そんなこんなで摩利支天尊到着です。
車も入れないし、これはわからない
『三和町郷土史』の写真には鳥居がありましたが、訪問時はありませんでした。

↑摩利支天尊はさきほどの摩利支天尊と同じ絵柄のようです。
建立年代は寛政2年(1790)で、さきほどの摩利支天尊より15年あとになります。
『三和町郷土史』を要約させていただくと
「大願主が大病の折、摩利支天尊に祈願したら一命を取り留めたそうで勧請した」とのこと。

↑また、境内にはアベマキの木があります。
こちらも『三和町郷土史』によると(要約)
「戦前はアベマキからコルクを採った」そうです。