
↑鳥居は花崗岩です。
昭和5年の3月
灯籠は大正5年の4月10日。
わたしのこれまでの見立てでは(長崎市のみですが)金刀比羅神社は「3月10日」に奉納したとわざわざ彫っている物が多いです。(他神社はだいたい「吉日」などです。)
しかしこちらの灯籠は大正5年4月10日でした。旧歴だと3月8日。3月10日に近い!
金刀比羅神社は毎月10日が縁日みたい!?

↑だんだん登りにくく、蛇行した道を登ります

↑そしてなんだかズレた石。
「…事件従軍 金五円」と彫られています。

↑三角点△。
そこから進むと…

↑四牛山のプレート♪

↑さらに進むと…シダ浴♨という藪漕ぎ。

↑そしてちょっと不明なこちらへ到着

↑そしてもう1つ「◯立(?)花總明神?」と彫られた石。

↑少し角度を変えて撮りましたがよくわかりませんでした。

↑そこからのヒガナガ(東長崎)のながめ

↑下山
人里に降りるとホッとします
人間はその関係の悩みも付き物ですが、やはり人里はホッとします



